第5話:初仕事は・・・実験台!?

「そもそも、わたくしが、ヨハン・フレーダーマウス・2世としての初の発明は、5歳の頃の半自動式湯沸かし器に始まり・・・」

それから、ヨハンの”フレーダーマウス史”の解説が始まり、カノンはそれを黙って聞いていた。ヨハンの淹れたモリフクロウのフンコーヒーに手を付けようとはしない。

「そして、先代、つまりわたくしの父ですね。彼が作ったのが・・・」

後半からはもう、カノンはほぼ聞いていなかった。というより、聞けていなかった。集中力がどうしてももたない。

「・・・あの、聞いていますかな?お嬢さん方。」

「・・・へ?あ、はい!聞いてます!」

ヨハンがカノンに訊ねる。カノンは慌てて反応した。

「・・・まぁ、ここまで話したとて、聞いてくれる人なんて、あなたがたが初めてなのですが。」

「・・・え?どういうことですか?」

カノンが逆に訊ねると、ヨハンは少し遠い目・・・寂しそうな眼をして話し始めた。


「皇楽聖律団のみなさん・・・特に、あの青年は気づいていたようですがね。わたくしはこの町の住民から嫌われていましてな。」

「あの、それはまた、なんで・・・?」

「そもそも、フレーダーマウスという姓は先代が勝手に名乗り始めたもの。そのキッカケになったのが、先代の発明した、”人体飛行セット”なのです。」

「じんたい・・・ひこうせっと?」

「えぇ。元々先代も数多くの発明を送り出してきていました。その姿をずっと見てきたわたくしにとって、それは誇りでもあり、自慢でもありました。」

ヨハンは歩きだす。

「そして、数多くの開発の末に先代が一生を掛けて作り上げた作品、それこそが人体飛行セット。なんでも先代がとある洞窟にキノコを採取しに行った際に、群れになって飛んできたコウモリの生体構造に着想を得て作り始めたそうです。」

「それって、どんな発明だったんですか?」

「発想はいたって簡単。コウモリの羽根に似せた翼を背負って、そのままバサバサと羽ばたきながら飛んでいく、というものです。」

「それは・・・なんかこう、夢のある話ですね。」

「そう!人体飛行!それは、数多の開発者や研究者たちが挑み、散って行った、人類の大願・・・!・・・そして、先代もまた、その散って行った開発者のひとりでした。」

「・・・と、いうと?」

「先代の開発も、人類を飛行させるには技術が足りなかった。ただ、それだけのことです。しかし、先代はこの開発に一生を掛け、実現できるような努力をしてきました。それで、この開発に命を懸け、我々の一族の姓をフレーダーマウス・・・つまり、着想を得ていた元のコウモリからとったわけですな。」

「なるほど・・・それで、先代さんはその後・・・?」

カノンが訊くと、ヨハンは少ししょんぼりして言った。

「先代はその後・・・開発の手も衰え、隠居し、亡くなりました。人体飛行セットの実験・・・その大公開のもとの、大失敗ののちに。・・・それ以来です。町での我々の評判がガラッと変わったのは。」

「・・・なるほど。少し変な名字だなぁ、って、私も思ってたんです。確かに、こうもり博士、と呼ばれている所以ゆえんがわかりました。それで、今日の発表会ではどんな発明を?」

カノンが訊くと、ヨハンは顔を一変、明るくさせてカノンの方へと歩み出た。

「よくぞ!よくぞ訊いてくださりました!今日発表する発明品、それこそが先代の名誉挽回、汚名返上となる発明品!”人体飛行セット2”!」

「つ、ツー、ですか。」

「ええ、ええ、この発明は先代の跡を継いだわたくしにしかできない領域!先代の品に改良を加え、さらに軽量化も図った一品!実験成功すること間違いなし!そうなればわたくしの発明は世に広まり、このフレーダーマウス姓も世に広まる事請け合いでしょうとも!ええ、ええ!」

ヨハンは手を合わせながらそう言う。と、途端に静かになり、カノンをジロジロと見始めた。

「・・・な、なんですか・・・?」

「ふむふむ・・・失礼ですがお嬢さん方・・・カノンさん、でしたかな?」

「え、えぇ。」

「体重は・・・如何ほどですかな?」

「た、体重!?ま、間違ってもイチ乙女に何を訊いてるんですか!」

「おや、これは失礼。礼節を欠きましたかな?まぁそれはそれでどうでもよろしい。そんなことよりも!カノンさん、あなたもしかして、身軽とか、自分で感じたり周りから言われること、ありませんか?」

「身軽、ですか?いや、特にそんな自覚は・・・」

「いやいや、ご謙遜なさらずに。見たところ、そう言った素質があるように見えますぞ。つまりは・・・この人体飛行セット2の実験台にふさわしい!」

「・・・はい?」

「さささ、どうぞこちらへ!ぜひぜひ、あなたにはこの人体飛行セット2の実験台になっていただきたい!」

「え?え?実験台?私が!?」

ヨハンはカノンの背を半ば無理矢理押す。

「ほらほら!押した感じでもあなたがた軽いですもん!」

「い、いやいやいや!そういう問題じゃなくて!わたしは演奏しに来たわけで!」

「演奏なぞこの際どうでもいい!あなたがたのような逸材を!わたくしは待ち望んでいたのです!」

「いやいやいやいや!リストさんからのお仕事は演奏だって言われてきてるんですってば!」

そんなやり取りをしつつ、気づけばカノンは一枚の布がかかった、恐らく人体飛行セット2であろう物の前に立っていた。

「さあさあご覧あれ!これが!わたくしの開発の完成形!人体飛行セット2ですッ!」

ヨハンがそういってかぶさっていた布を剥がした。その中にあったのは、軽そうな骨組みでできた大き目の翼・・・に、背負うための紐が付いたものだった。カノンが想像してたものよりも、軽そうで、脆そうだった。

「あ、あの!私やりませんよ!?」

「いやいや、今宵世界初の空を飛ぶ人間はあなたがたと、わたくしはもう決めたのです!」

「え、えー・・・」

カノンは人体飛行セット2を見ながら、思った。

(もしこれで実際に飛ぶってなったら、アンナちゃんやジャンさん、ロベルトくん、絶対怒るじゃん・・・!だって、リーダーの私が、初仕事の演奏を抜けることになるんだよ?ここは断るしかない!・・・んだけど、なんかこのまま押し切られそうかも・・・あぁ、もう!誰か助けてーっ!)

カノンの心の叫びは、当然ながら誰に届くこともなかった。

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