第33話「最後の録音」
卒業式が終わった校舎は、静かで、どこか寂しさを帯びていた。
窓の外には淡い春の光。
体育館での喧騒が嘘のように、
午後の廊下はしんと静まり返っている。
教室の机には、花束や寄せ書きノート、
それぞれの“思い出の品”が残されていた。
そんななか、詩音・千紗・晴人・純――四人は、
おそろいのカセットレコーダーと小さなテープを手に、
最後に“自分たちの音”を残すため、静かな音楽室へ集まった。
──録音ボタンを押す、その前に。
詩音は手のひらでカセットを包み込む。
今まで声を出すのも、思いを届けるのも怖かった。
けれど――
「今日だけは、“自分の声”を未来の私に届けたい」
千紗はペンを持ち、
「どうしよう、なんて言えばいいかな」と笑う。
その隣で、晴人が「素直に言えばいいよ」と頷く。
純は、録音の前に一度深呼吸し、
ノートに書きためた詩を一行ずつ手のひらでなぞる。
──一人ずつ、未来への声を残す。
詩音は、少し照れながらも
静かな声で言葉を紡ぐ。
「未来の私へ。
いま私は、みんなとここにいます。
大切な友だちがいて、音楽があって、
小さな勇気で今日を歩き出せています。
もしこれから迷ったり、くじけそうになったら、
この日のことを思い出してください。
“私は、ひとりじゃない”――
きっと、また歩き出せます」
千紗は、涙をこらえながら、
カセットに語りかける。
「大好きな人たちと出会えて、
たくさん悩んで、いっぱい泣いて、
でも全部、宝物になりました。
未来の私も、もし誰かに出会えたなら、
どうか素直に“ありがとう”を伝えてね。
きっと、それが一番の勇気だから」
晴人は、低い声で、だけどまっすぐに。
「この学校で音楽に出会えてよかった。
バンドも、仲間も、全部が俺の誇りだ。
未来の自分が迷ったとき、
この音を聴いて、
“また一から始めればいい”って思えたらいい。
音楽は、何度でもやり直せるから」
純は、ノートを胸に抱えながら、
そっとマイクに口を近づけた。
「私はまだ、小さな詩しか書けないけど、
この学校で“誰かに届けたい”って思えるようになりました。
未来の私へ。
どうか、どんなときも言葉を信じて。
今日の私がそうだったみたいに、
誰かの心にそっと寄り添えますように」
──カセットを止める。
四人は顔を見合わせて、
誰からともなく微笑み合う。
「……これが、私たちの“最後の録音”だね」
「またどこかで、
この音を一緒に聴けたらいいね」
窓から春の風がふわりと入る。
カセットに吹き込まれたそれぞれの声と音が、
静かな音楽室にやさしく響いていた。
この録音は、きっと未来の自分たちへのエールになる。
いつかまた、心が迷ったとき、
このカセットが新しい一歩の勇気をくれる。
*挿入歌(静かな合唱・未来への手紙)
♪
最後の録音 未来へ響け
別れの涙も 明日の勇気に
言葉にできなかった想いも
音にのせて 旅立っていく
もう一度会えると信じて
今日の私が贈るエール
カセットの中で 何度でも
春がやってくる
♪
カセットテープは、
春の午後の光の中、
新しいページの“しおり”となった。
未来へ、また春に逢うその日まで――
四人の声と音が、静かに眠り続ける。
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