第七章 また、春に逢おう

第32話「卒業の日」

三月、校舎の窓をすり抜けていく風はもう冬の名残を残しながら、

どこか新しい季節の香りを運んでくる。


卒業式の朝――

廊下の壁には、在校生や先生たちが描いた寄せ書きがびっしりと貼られ、

春色の花が体育館の入口を飾る。

昇降口には親や後輩たちの集まる姿、

「おめでとう」「がんばれよ」と小さな声の波が交差している。


──教室での最後の時間。


詩音は制服のリボンを結び直し、

鏡に映る自分の姿に静かに微笑む。


隣では千紗が寄せ書きノートを開き、

「思い出しちゃうね」と涙ぐむ。


晴人はギターケースを肩にかけ、

最後のロッカーの片付けをしている。

純は窓辺で、春風にページをめくる詩集を静かに抱きしめた。


クラスメイトの声、

机の落書き、黒板のメッセージ――

全部が“この教室の音”として心に残る。


──体育館での卒業式。


体育館に並ぶ椅子。

壇上の卒業証書。

校長先生の言葉が響き、

在校生代表が「また春に逢おう」とエールを贈る。


四人は前を向いて座っている。

詩音は、千紗と手をつないで静かに涙をぬぐう。

晴人は、家族とバンド仲間の姿を見つけて小さく微笑む。

純は、心に浮かぶ“未来の詩”をそっとノートに綴る。


「この春、私たちは旅立つ。

でも、ここで出会えた奇跡を、

絶対に忘れない」


──式のあと、校庭で。


桜のつぼみはまだ固いけれど、

空気はやわらかく、新しいスタートの予感で満ちている。


千紗は詩音に「会えてよかった」と抱きしめ、

詩音も「また、きっと」と頷く。


晴人はギターケースを開けて、

後輩たちに「いつか一緒にステージに立とう」と声をかける。


純は図書室に立ち寄り、

「ありがとう」とノートに小さな詩を書き残した。


それぞれが、

それぞれの“次の場所”へ歩き出していく。


──未来へのまなざし。


「私、大学で音楽を学ぶ」

「私は福祉の道に進む」

「バンド活動も続ける」

「本を、もっとたくさん書きたい」


未来の話はまだ少しだけ怖い。

でも、みんなの中に確かな希望と勇気が灯っている。


「また、春に逢おう」

別れの言葉が、約束に変わる。


*挿入歌(春色のエピローグ・コーラス)

桜のつぼみ ふくらむ午後に

君と過ごした日々を 胸にしまう

別々の道 歩き出しても

あの日の音は 消えないまま

また春が来たら この場所で

きっと笑いあえるように

卒業の日の約束を

未来の私に届ける


帰り道、校舎をふり返ると、

教室の窓に柔らかな光がにじんでいた。


涙と笑顔と「ありがとう」が、

新しい季節の風に乗って、

静かに、どこまでも響いていく――

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