第13話「声を探して」
夜の窓の外、風が木立を揺らしている。
部屋の照明を落とすと、晴人の世界はギターとカセットの機械音だけに包まれた。
勉強机の上には、未提出のプリントやギターのピック、バンドの譜面。
その隅っこに、小さなカセットレコーダーがぽつんと置かれている。
晴人は、それを手に取った。
(俺の“声”って、なんだろう)
昼間のリハーサル、バンドの仲間との温度差。
リーダーとして頑張っても、どこか本音は伝わらず、
「大丈夫」「平気」と言い聞かせるほど、心は遠ざかっていく。
詩音のテープから聴こえた、あの震えた“本音”。
――誰かとちゃんと話したい。でも、言葉にできない。
その声が晴人の胸に、じわりと沁みていた。
(俺だって……本当は、強くなんかない)
晴人は、ゆっくりとカセットレコーダーの録音ボタンを押した。
静かな「カチッ」という音と共に、テープが回り始める。
窓の外、街灯が滲んで見える。
遠くからは、深夜ラジオの小さな音と、時折バイクが走り抜ける音が混ざる。
マイクに向かって、晴人はぎこちなく口を開いた。
「……俺、三原晴人。
たぶん、みんなには頼れるリーダーって思われてるんだと思う。
でも――本当は、不安ばっかりで、
上手くやれてるのか自信なんて、ずっとないまま」
自分の声が、空気の中に溶けていく。
「バンドのことも、学校のことも、家のことも……
強く見せてるだけで、
本当は弱い自分ばかりが増えていく。
……それでも、音楽だけはやめたくなくて――
音を鳴らしてるときだけ、少しだけ自分を好きになれるんだ」
言葉が途切れると、部屋の静寂が戻った。
晴人は、心臓の鼓動がひとつずつ大きく響くのを感じていた。
(こうやって本音を話すの、いつぶりだろう)
詩音や千紗のように、誰かに支えてもらうことは下手かもしれない。
けれど今は、誰にも聞かれないこのカセットの中だけ、
弱音もため息も全部、素直に預けていい気がした。
「……いつか、
バンドのみんなとも、もっと本音でぶつかれるようになりたい。
俺の音が、誰かの力になれたら、嬉しい」
晴人はそっと、録音ボタンを止めた。
テープを巻き戻し、
もう一度、自分の声を聴く。
そこにあったのは、いつもの強がりではなく、
ありのままの自分の声だった。
窓の外、雲の切れ間から月が顔を出す。
晴人はギターを抱え、
何度もフレットを指でなぞりながら、
ぽつりぽつりと歌い始めた。
*挿入歌(晴人)
♪
誰にも言えない弱さを
夜の静けさにそっと流す
強くなりたくて強がった
でも、ひとりきりの部屋で
本当の声を見つけたんだ
明日になれば
少しは自分を好きになれる気がした
♪
録音したカセットを、晴人は机の引き出しにしまう。
まだ仲間に聞かせる勇気はなかったけれど、
そのテープは、小さな一歩だった。
ギターの音もカセットの声も、
夜の空気に溶けていく。
晴人はそっと目を閉じ、
心の中で小さな約束をした。
(明日もまた、音楽と本音に向き合おう)
波音のように、心の奥で静かに広がる“自分の声”。
その余韻とともに、夜がゆっくりと更けていった。
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