終章《残響》

―語り手:元一条家の女中・お雪―


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華月庵へと続く私道を歩いたのは、何年ぶりだったでしょうか。

けれど、あの道の玉砂利の感触は、今も確かに足の裏に覚えておりました。


先日――勤め先の娘の言葉に琴音様の面影を見てしまってから、心のどこかが騒がしくなり、それを鎮めるように、私はあの二人の行方を探し始めたのです。


誰に頼まれたわけでもなく、何か義務があったわけでもありません。

けれど、このままではいけないという思いだけが、足を動かしておりました。


ぽつり、ぽつりと耳にした噂をつなぎ合わせ、ようやく辿りついたのは、町はずれの、古びた長屋の一角。


戸口は閉ざされ、返事はありませんでした。

けれど、なぜだか、そこに“終わり”があることだけは、すぐにわかりました。


風雨に晒された板戸、乾ききった空気、そして――

扉の傍らに、埃をかぶった皿がひとつ。

中には、干からびたままの団子が乗っておりました。


「……ここなのですね」


私は小さく呟き、手を合わせました。



戸が開いていたわけではありません。

けれど、ひと吹きの風が、かすかに隙間を押し広げたのです。

それを“招かれた”のだと感じたのは、私の勝手な思いでしょう。


中には、誰の姿もありませんでした。

けれど、確かに、ふたりがいた痕跡が、そこには残されておりました。


火鉢のそばに、くたびれた座布団がふたつ。

棚の隅には、秋彦様の筆跡と思われる家計簿――最終ページだけが破られ、何も書かれておりません。

鏡台の脇には、私がかつて琴音様にお渡しした櫛。

まるで、時間が止まったように静かに置かれておりました。


そして、座布団の上に、埃をまといながら佇む一羽の折り鶴。

その翼の隙間に、薄い紙片が挟まっているのに気づきました。

そっと手に取ると、琴音様の筆跡――細く、けれど確かに彼女のもの。


私は、紙を開く勇気を持てませんでした。

その紙には、琴音様が秋彦様に遺した何かがある。

愛だったのか、執着だったのか、それとも――ただの女の願いだったのか。

胸の奥で、琴音様の声が響くようでした。

「秋彦」と呼ぶ、かすかな、けれど確かに温かい声。


私は折り鶴を胸に抱き、そっと目を閉じました。

二人の影は、今もこの部屋に寄り添っている。

それは、悲しいだけの影ではありません。

静かに――ただ、静かに、確かに残る“響き”なのです。


戸を閉じ、長屋を後にしました。

風が袖をかすめ、まるでさようならと告げるように――

あるいは、ありがとうと囁くように。

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