第一章《華月庵の日々》

語り手:若きお雪


あの頃、私はまだ十四になるかならぬかの年で、一条家の奥座敷に仕える下女の見習いでございました。父に手を引かれて初めて華月庵の門をくぐった日、あの凜と張り詰めた空気に、思わず背筋が伸びたのを覚えております。


お嬢様――琴音さまは、その頃すでに名高いほどの美しさと気難しさを持ち合わせていらっしゃいました。透き通るようなお肌に、絹糸のような髪。ですが、その美しさの陰には、恐ろしいまでの気分屋と、手に負えぬ癇癪がございました。


台所で汁物がぬるかったと、お膳を蹴り倒された女中もいれば、縫い物の糸が気に入らぬと、お針子を泣かせたこともございます。けれど、そのお嬢様がただの手に負えぬ姫様でなかったのは、秋彦さまというお付きの存在ゆえでありましょう。


秋彦さまは、年の頃は私より少し上。物静かで、声を荒げることもなく、常に琴音さまの三歩後ろを歩いておられました。琴音さまが怒鳴れば黙って頭を下げ、気まぐれに冷たくされても、まるでそれが当然であるかのように振る舞われる。


私には、それが不思議でなりませんでした。


けれど、ある日。私が廊下を掃いていた折、ふと庭に目をやると、琴音さまが小鳥を捕まえて手の中で弄んでおいででした。


「羽を一本ずつ抜いたら、飛べなくなるのかしら」


そんなことをぽつりと仰って、小鳥の羽に手をかけようとされたそのとき。


「いけません」


静かな、けれどはっきりとした声が響きました。秋彦さまです。


琴音さまは驚いたように彼を見つめ、そして唇を尖らせて「つまらない」と呟き、小鳥を放したのです。


あれは、私が初めて見た、秋彦さまの“主命への逆らい”でした。けれど、琴音さまはその後も秋彦さまを咎めることはなく、かえっていつもより長く、庭で彼と過ごしておられたように思います。


お二人の関係は、私の目にはやはり歪んで見えました。けれど、まるで誰にも踏み込ませぬ温室のような、独特の静けさがございました。


不意に、自分が羨ましくなったのを覚えております。叱られても、冷たくされても、逃げずに傍にいられる誰かがいるということ。それは私にとって、縁遠いものでしたから。


そんな私の目には、琴音さまの傍らに佇む秋彦さまの姿が、何か神様のような、あるいは反対に、業の深い人形のようにも映ったのでございました。

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