3.遺書Part1
私は、電話の鳴り響く音で目を覚ました。時計は午前六時を指していた。夫はまだ眠っている。
一階にある受話器に向かって歩く最中に、いつも私達よりも早く起きている息子の部屋の前を通ったが、起きている気配がしなかった。
「もしもし、長谷川です。」
一階に降りた私は、受話器を取ってそう言った。
「長谷川様ですね。こちら日高病院です。お宅の息子さんが今朝、病院に運ばれて死亡が確認されました。」
聞こえてきた言葉に、私は耳を疑った。電話を切り、急いで息子の部屋に向かうと、そこには息子の姿はなかった。
私はそこで、勉強机の上に置いてある封筒を目にした。
それをその場では見ないふりをして、夫を起こして大急ぎで病院に向かった。
病院に着き、病室に案内されるとそこには、ベッドに横たわる酷く損傷した息子の姿があった。私と夫は急いで駆け寄り、息子の手を握った。息子の手は冷たく、生気を感じられなかった。
私は泣き崩れた。息子がここまでするほど思い詰めていたことも知らず、呑気に母親面していた自分に腹を立てた。そして、息子に対して謝ることしかできなかった。一人で抱え込ませてしまったこと、相談できない不甲斐ない親だったことをひたすら悔やんだ。
司法解剖の結果、死因が溺死であることと、死亡推定時刻が午前三時四十一分ということがわかった。
葬式の準備は驚くほど順調に進んだ。会場や葬儀屋も、息子が死ぬことが分かっていたかのように手際が良かった。
喪主は夫が勤めてくれた。私は、ずっと放心状態だった。火葬も終わり、どこかで生き返ってくれるという希望は、その時に砕け散った。
家に帰って、息子の遺品を整理している途中、息子の勉強机の上に一つの封筒が置いているのを再び見つけた。その封筒には「遺書」と、書かれている。
私と夫は覚悟を決めて、封を開けて読むことにした。
「これが読まれている時、僕は死んでいるか病院のベッドに寝転がっているでしょう。しかし、ここは死んでいること想定で書きます。まず、お父さん、お母さん、二人から愛してもらっていたのかはもうわかりません。ですが、もし愛してくれていたならばありがとうございました。二人の愛を感じられない親不孝な僕が、息子でごめんなさい。二人には秘密にしていたことがたくさんあります。いじめられていたこと、愛されていないと思っていたこと、好きなもの、嫌いなもの、数えればきりが無いです。黙っていてごめんなさい。謝ることしかできません。そんな自分を、書いていて虚しく感じます。本当は、感謝したいこともたくさんあったのですが、それ以上に罪悪感が勝ってしまい、このような内容になりました。次に、いじめられていたことについてです。二人は覚えていないかもしれませんが、一度相談したことがりました。しかし、その時の励ましの言葉が、重くのしかかってしまいました。愛されていないと感じてしまった分、どうでもいいと思われてしまっているのだと勝手に思い込んでしまいました。だから、相談できませんでした。ごめんなさい。あと、死んだ僕の顔は笑っていましたか?笑って見届けてくれましたか?それが見られないことが、唯一の心残りです。最後になりますが、僕のことなんて忘れて夫婦水入らずで暮らしてください。
こう書かれていた。私はまた泣いた。息子が抱え込んでいることが、私の責任でもあることを嘆いた。
私が泣いていると、夫がもう一つ遺書を見つけた。それは「司書さんへ」と、書かれたものだった。私は読もうとは思わなかった。
私と夫は図書館へ電話をかけた。
「はい、こちら日高図書館です。」
「どうも長谷川です。司書さんであっていますか?」
「はいそうですが、何か御用で?」
「うちの息子の遺書に、貴方のことが書かれていたので、読んでもらいたくて連絡しました。」
司書と名乗る人は少しの間沈黙した。そして口を開くと
「わかりました。まだ仕事が残っているので後日訪ねたのでもよろしいですか?」
「はい、後日ですね。承知しました。」
最後に住所と息子の死亡推定時刻を尋ねられたので教えて、電話を終わった。
私達はその日一日、遺品整理をしていた。息子のお気に入りだった本にゲーム、おもちゃまで全部まとめた。今は空っぽなクローゼットと勉強机、ベッドだけが息子の部屋を占領している。
無駄に広く感じる息子の部屋に、まだ息子がいるように感じてしまう。息子が頑張って勉強している姿に部活から帰ってきてすぐに寝てしまった姿、お出かけをする時の服を選ぶ姿が今でも鮮明に見えてしまう。何故かわからないが、まだ息子が生きているように思ってしまう。もう砕け散った希望が、まだ息をしているように感じてしまう。
私はまだ割り切れない。もしまた息子に会えるのなら「愛してる」と、声に出して伝えたい。伝えてこなかった分、心の奥底から叫ぶように。
長く感じた遺品整理が終わり、私は眠った。
私はその日、夢を見た。息子が今も生きて、一緒に息子の好きなご飯を食べて、その後に映画を見る。そんな何の変哲もない日常の夢。私はそんな夢に囚われていたくなった。つらい現実とは違う幸せな夢。一生そこに居たいと思ったが、現実は非情だった。
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