散歩
「やっと寝たか。。。にしても自由過ぎる。」
さっきまでそれぞれ独自のルールで、成立しているようで見事にバラバラな遊びを繰り広げていたちび達たちも昼過ぎには疲れて眠っている。
さすがに小学校低学年から幼稚園の子ども3人を相手するのは骨が折れる。
これがこっちに来て、すでに三日間も続いているのだから。。。
1つ1つ細かく見ていくとすぐ別の遊びになっているのだが、こちらからすると基本同じようなくくりの遊びがずっと続いている。
飽きっぽいのかそうじゃないのか、いまだによく分からない。
「ふぅ。ちょっと外に行ってくるか。」
俺はちび達を起こさないように、そっとタオルケットを掛けて、忍び足で部屋を出る。
先ほどまでちび達と戯れていた部屋の隣にある大広間には、俺の父親を含めた真っ赤な顔をしたおじさん連中が、昼間にも関わらずそこら中に落ちている。
「酒くさ。」
俺は台所まで足を運ぶ。
母親軍団は基本台所に集まっている。
「かあさん。俺ちょっと散歩行って来るわ。」
「珍しいわね。まあ気を付けて行ってらっしゃい。」
「あら、ともちゃん。お菓子食べない?」
「いや、さっきお昼食べたばっかりだから大丈夫です。。。」
俺は首を横に振りながら、せんべいを片手に差し伸べるおばさんの好意を無下にする。
『ほんと、いつ見てもこの人たち何か食べてるよな』と感じた言葉を心に留めておく。
「じゃあ、行ってくる。」
「暗くなる前には帰ってきなさいね。」
「晩御飯もおいしいもの作っとくからねー、ともくん。」
「迷わないようにねー。」
「はあーい。」
晩御飯て、そんな暇潰しできるところなんかないだろ、と心の中の思いを留める。
なんかお年頃なのかしらね、と後ろから声が聞こえたが、聞こえないふりをして玄関を飛び出る。
あてもないが、自然にもあまり興味がある訳でもなく、何となくその辺を探索する。
自然豊かな地域であるが、別に住居が全くない訳ではなく、それなりにすれ違う人もいる。
ただすれ違う人たちはほぼ全員挨拶をしてくるため、この辺の人たちはみんな『ご近所さん』のような存在なのだろう。
それもまたちょっとめんどくさいので、俺は一人になれそうな場所を探す。
「ふぅー。」
俺は少し歩いて浜辺に行き着いていた。
周りも海と木で囲まれていて一人になるにはもってこいの場所。
ちょうど良さそうなテトラポットに身を預けたところでため息が出た。
「それにしても一人で出歩くのは初めてだな。」
墓参りで外に行くことはあっても基本車移動であまり道も分からないし、行く場所もないし。
それにこれまではちび達の相手をしなくちゃいけないという何か義務感のようなものもあり、外に出るという選択肢すら思い付かなかった。
去年の夏休み明けに、同級生の友達が「俺、親戚の集まりとかめんどいから、いつも散歩とか言って外に出て、近くの公園で携帯触ってるわ。」という話を聞いて、「分かるわー。」と相槌を打ちながら内心『その選択肢もあるのか。』と感心していた。
この選択肢があるということが、何か『オトナ』な感じがして、少し気持ちが良い。
「何にやついてるの?」
突然、真上から声がした。
「えっ?」
俺は驚いて前のめりに立ち上がり、背後を確認する。
「あ、危ないよ?」
「うわっ。」
「あー。。。」
ポシャーーーン
俺はバランスを崩して海にダイブしてしまった。
深場でもなく、別に水が苦手な訳でもないので、すぐにさっき座っていたテトラポットに戻ることができたが、、、、ずぶ濡れだ。
「あーあー。びしょびしょだねー。」
そうだ、この声だ。
俺は、ムッとしながら声の方を見る。
「そんな睨まないでよ。」
そこには、俺が背もたれにしていたテトラポットにちょこんと体育座りをする色白の女の子がいた。
年齢は俺と同い年くらいだろうか。
「誰、君?」
俺はいかにも怒った風な様子で目をそらして質問する。
心の中では『お前誰だよ。』くらいに思っていたが。
「んー。私?私は向こうの家に住んでる女の子だよ。」
女が指さす方向には木しか見えない。
まあどっちにしてもこの場所から見える家なんてないのだが。
「ねえ、そんなことより、服乾かした方が良いんじゃない?」
「そうだな。そうするよ。」
心の中では、『なんなんだ、こいつ』と思いながらも、靴までずぶ濡れの気持ち悪さには勝てず、俺は着ているものを脱いでパンツ一枚になる。
「手伝おうかー?」
女が声を掛けてくるが、俺は気付いている。
本気で手伝うつもりなら、そのテトラポットから動いているだろう。
女は一歩も動いていないどころか、ずっと体育座りのままだ。
それにパンツ姿を見られるのも、なんか嫌だ。
「いや、いいよ。」
俺は着ていたTシャツを固く絞りながら、女を一瞥もせずに返事をする。
「ねーねー。なんか部活入ってるの?」
『ほんとになんなんだ。』と思いつつも、「美術部だよ。まあ幽霊だけど。」と律儀に返答する。
「そうなんだ。絵、好きなの?」
「んー。まあ。」
俺は手前にあるテトラポットに、絞ったTシャツやズボンを干しながら、不機嫌そうに返事をする。
「そっかぁ。良いね、好きなものがあるって。」
「君、好きなものないの?」
俺はなぜか女の言葉が引っ掛かり、話つもりがなかったのに言葉が出てしまっていた。
「好きなものかぁ。無いというか分からないというか。」
さっきまで真っ直ぐに俺の方に向けて聞こえていた声が、海の方に向いているように聞こえた。
声の方向、が何だか切なく感じた。
「なに、分からないって。」
俺は純粋に疑問に思う。
『ゲームやらアニメやらアイドルやら俳優やら、何かしらあるだろ。』と。
「なんだろね。楽しいとかそうゆうこともあんまり気にしたことなくてさ。」
女はクスっと笑いながら、そう答えた。
俺は何が面白いのか分からないまま、
「ふぅーん。」とだけ伝える。
「君、彼女いないでしょ?」
「なっ、なんでそんなことを。」
俺はまたムッとして話をする。
「そこはさぁ、『なんかあったの?』とかってセリフが出てくるもんでしょっ」
5分ぶりに思った。
『なんだこいつは。』
「まあ聞かれても答えないけどさ。」
、、、5秒ぶり。
「んん。あ、そろそろ戻らないと。」
女は帰るようだ。
俺は内心ほっとしている。
「君、明日もここに来る?」
女は俺に質問してくる。
「んー。どうだろ。分からないや。今日も何となく来ただけだし。」
俺は変に関わりたくないのと、先ほどの女の『好きなもの分からないのくだり』をいじるために、不愛想に返答する。
「そっかぁ。。。私はさ、夏の間は1時間くらい大体ここにいるからさ。また会えたら話そうよ。」
「そうだな。また会えたらな。」
「んん。じゃあまた!あ、今日はお話ししてくれてありがとね。」
「ああ。」
少し間を開けて、テトラポットの上に目をやるが、もうそこには誰の姿もなかった。
「ふぅ。」
ため息をつきながら干したTシャツを触るが、全く乾く様子はない。
「乾くまでもう少しのんびりしてようかな。」
散歩日和お昼寝日和の天気は晴天、俺は再びテトラポットに背を預けてそっと瞳を閉じる。
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