第8話 ダストボックスに捨てた夢を

「それでどうしたら俺のバイクで帰る話になるんだよ」


 あたしは夜の国道を駆けるバイクの後ろで山本の背中にしがみ付きながら、そんな山本のグチグチとした言葉に反論した。


「だって今はいったん別れようって話をした後に、そのまま仲良く並んで家まで帰るなんて気まずいじゃん!」


 ショウくんとの話がつくと、あたしは山本のバイクで家まで帰ることにした。ショウくんと将来的にヨリを戻すことになったとしても、今は距離を置こうと互いに決めた訳なのだから、ここはどれだけ迷惑だろうと腐れ縁の幼馴染の宿命だと思ってあたしを家まで送り届けてもらうしかない。


「甘えやがって」

「だからって、あたしに一人で夜道を帰らせる山本じゃないでしょう?」


 フルフェイスのヘルメット越しにも聞こえる大きな舌打ちをした山本は、鬱憤を晴らすようにスロットルを上げてバイクを加速させる。倍増す風圧にヘルメットからはみ出た髪を乱されて、あたしが山本の身体により強くしがみ付いたとき、バイクの爆音と猛風に負けない大声での苦情が聴こえてきた。


「前から言おうと思ってたんだがな! 俺はお前の親父じゃないぞ!」

「はあ!?」


 いきなりな山本の発言に、あたしは心外とばかりに大声で怒鳴り返す。


「そんなの知ってるっての! それよりさっきのあれなによ!?」

「ああん!?」

「娘を嫁に出す父親みたいなこと言い出してさぁ!」

「娘が巣立った気分になったんだよ!」

「なにそれ! 気持ちわるっ!」

「早く嫁でもなんでも行ってくれ!」


 怒鳴り合いながら爆走するバイクは、けれどあたしの団地に続く道と合流する交差点の赤信号で停止して、落ち着くエンジン音と一緒にあたしたちの怒鳴り合いもストップする。

 冬の夜の澄み冷えた黒い道路に、バイクの音と山本の背中の熱だけが浮き上がるように感じられる。

 そこで山本の背中が少し身じろいで、


「ケイコ」


 そうあたしの名前を呼び、


「俺は高専出たら地元から出る」


 いつもの無関心にぶっきらぼうな声でもなく、さっきまでの怒鳴り合いの声でもなく、真面目に落ち着いた、けれど力強く感情を込めた声で、そう宣言したのだった。


「叔父さんはいい人だからスネはカジれねぇから、早く一人で稼ぐんだ」


 山本の顔は見えないけれど、その声は確かな熱を帯びていて、


「そしたら、このバイクでどこまでだって行ってやるからよ」


 そう言いながらバイクのレバーをグッと握り締めた山本が、あたしは最高にカッコいいと思ったから、「いいね、それ」と山本の見ている未来のどこかにむかって祝福の言葉を投げたのだった。

 だからあたしも未来を語る。


「じゃあさ、あたしは高校出たらミュージシャン目指そうかな。東京出てさ」

「うん? 今日みたいに歌えれば、そんな夢でもねぇんじゃねぇか?」

「そう?」

「よかったぜ、あれ。彼氏くんの言う通りキラキラしてた」

「はは、山本からそんなの言われたら、あたし本気になっちゃうよ?」

「いいじゃねぇか、本気。俺たちみたいな人間が、本気以外でどうやって生きるってんだよ」


 そう言う山本の声がとても楽しそうに聞こえたから、あたしはなんだか嬉しくなってこの腐れ縁の幼馴染の背中をパンと叩き、


「やっぱ、山本は最高だよ」


 そう褒め称えて、ここから本気で生きてやるとあらためて決意する。

 赤信号が青に変わる。

 バイクが再び走り出す。

 あたしは冷たい夜のむかい風を受けながら、今の気持ちのままに歌を歌い出した。


――なくしちまった悲しみを

  探して歩くロボットたちも

  電光ホタルのメモリーが

  照らす夜道を進んでいく――


 加速していくバイク。

 夜道に並ぶ外灯が、次々と後ろに流れていく。

 あたしは歌う。


――水平線の先へ先へと

  あたしの明日は広がってく

  プリズム蝶々の乱反射で

  カオスに空気をかき乱して――


 バイクがさらにスピードを上げていく。

 風はより強く、厳しく、凍てつく冷たさであたしの身体に吹きつける。

 それでもあたしは歌う。


――水平線の果ては見えた

  バーゲンセールのバルーンを望む――


 歌声はテールランプの残光と一緒に後ろへ流され風の中へ消えていく。

 それでも、だからこそ、あたしは歌い続ける。


――ダストボックスに捨てた夢を

  フルスロットルで蹴っ飛ばして――


 あたしは前へ進みながら、ずっとどこまでも“ここ”で歌を歌い続ける。

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ダストボックスに捨てた夢を ラーさん @rasan02783643

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