第7話 未来への約束に、心からの祝福を
「あの、山本さんですよね? ケイコさんの幼馴染の」
駅近くのあたしがいつも弾き語りの練習をしている大きな公園に移動すると、ショウくんも少し落ち着いたのか、ここで初めて顔を合わせた山本にあいさつをした。
「ショウくんだっけ?」
「はじめまして。ケイコさんと交際させていただいている前崎翔太です。呼び方は苗字でも名前でもお好きにお願いします」
そう頭を下げるショウくんに、山本は目をぱちくりさせてあたしを見る。
「ちゃんとしてるな」
「そうだよ、あたしらと違ってちゃんとしてるの。それでショウくん――」
「ケーさん、すみませんでした」
話を切り出そうとするあたしの機先を制して、ショウくんが今度はあたしに頭を下げた。
「え?」
「思い返したら自分の態度ひどかったです。ケーさんが受け入れてくれたのが嬉しくて、それで調子に乗ってあんな……ごめんなさい。それで傷つけて、だからもう無理って……」
反省と謝罪の言葉を並べるショウくんに、あたしは彼がやっぱり純粋で、純情で、純愛と情熱に溢れた男の子で、あたしなんかには過ぎた相手であることをあらためて知った。
「それは……あたしが悪いからいいんだよ」
「でも――」
「聞いて欲しいのはあたしの話」
言い募るショウくんの言葉を遮って、あたしは彼に正面からむき直る。公園の外灯の下に立つショウくんの目は、この冬の夜の緊張した空気と同じ透明の色にきらめいていて、まっすぐにあたしの言葉を受け止めようと、あたしの瞳をその透明さで深く覗き込んでくれていた。
だからあたしは言いよどむことなく、あたしの話を始めることができたのだった。
「あたしの母親に会ったんだよね――」
そこからあたしはあたしの半生の全部を話した。
あたしの歳にあたしを産んだ母が口うるさい祖母が亡くなったら新しい父親を連れてきて母親をやめたこと、あたしを捨てた父が見知らぬ弟か妹ができた後にあたしを思い出して今さらに連絡先を寄越したこと、こんな家庭に生まれ育ったなんて友達にもショウくんにも同情されるのが怖くて話すことができなかったこと、その反動で家庭の事情も全部知った上で黙って受け入れてくれる幼馴染の山本に依存していたこと、そんな自分を隠したあたしに恋してくれたショウくんに自尊心を満たしていた卑屈な自分のこと、そのためにショウくんと身体を交わしても心を交わすことができなくて「もう無理」なんてひどい言葉を投げたこと、自業自得な自分のこと、全部すべて洗いざらいに吐き出して、ショウくんはそれを全部すべて黙ったままに聞いてくれた。
「――だから、このままじゃあたしとショウくんは釣り合わなくて、今のままの卑屈なあたしじゃ、きっとこれからもショウくんを傷つけるから――だから、ごめんなさい」
すべてを語り終えて、そこであたしはその結論を告げて頭を下げた。
バクバクと心臓が鳴る。
わかってくれるとは思わなくてもこれがあたしの誠意だった。
だから彼がどんな傷ついた顔で怒っても悲しんでも、受け止めなければならないという覚悟であたしはショウくんの答えを待った。
「――わかりました」
なのに、そう答えたショウくんの声は澄んだ響きを持っていた。
驚いて顔を上げると、そこには別れを切り出されてもまっすぐな目のままのショウくんがいて、
「それでも僕はケーさんが好きです。愛しています」
その透明にきらめく瞳の輝きとともに、そんな純粋な愛の言葉をあたしへと贈ってくれた。
「さっきの路上ライブ、ケーさんがキラキラ輝いて見えました」
そしてそう続けるショウくんはその純朴でかわいい顔に苦笑いを浮かべて、
「初めて歌っているケーさんを見たときみたいに。いえ、あのときよりももっとキラキラに輝いてました」
どうしようもないことを笑うような清々しい顔であたしに力強くうなずいて見せると、
「だから――待ちます」
そう彼の結論を告げて、
「ケーさんが僕を受け止められるようになる日まで。受け止めてもらえる自分になれる日まで」
そうあたしたちの未来へと、そんな言葉を繋いだのだった。
「あ――」
頬に熱が流れる感触に、あたしは自分が泣いていることに気づいた。
“ここ”はいつか“どこか”に変わる。
それは絶対の法則で、残酷な真理で、けれど平等な現実で、だからあたしが変わることを受け入れようと決意したように、ショウくんも変わることを受け入れる決意をしたのだ。
このあたしたちの未来の“どこか”に繋いだ希望の言葉に、あたしは大きくうなずいた。
「あ、あたしがさ、あたしをあたしらしく愛せるようになれたらさ、そのときに会いに行くからさ、会いに行くからさ、だから――」
震える声で、グズグズの声で、だけれど最後まではっきりと言わなきゃならない言葉で、あたしはショウくんに心を伝える。
「――待ってて」
「はい。待ってます」
笑顔でうなずき返すショウくん。あたしは涙を拭いて彼にとびきりの笑顔を作ると、
「ありがとう――」
ここで交わした未来への約束に、心からの祝福を込めて感謝を述べた。
「――ちょっといいか?」
そんなあたしとショウくんをずっと無言で見守っていた山本が横からぬっと顔を出す。なんだいきなりと思ったところで山本はショウくんにむき直り、いつもの無愛想なカエル顔でじろりと身構える彼を値踏みするように上から下へと見回すと、「ふぅー」と肩の力を抜くように長く息を吐いた。
「ショウくん」
「――は、はい!」
そして名前を呼び、緊張した声で返事をするショウくんにフッと笑い掛け、
「こいつ、任せたぞ」
そう言って山本があたしの背中をドンと叩く。
「――はい!」
この山本に大きな声で勢いよく返事をするショウくんを見ながら、これがなんだか娘を嫁に出す父親と結婚相手とのやり取りみたいに思えて、あたしは「なにこれ」と堪えられずに大笑いしながら山本の背中をバシンと叩き返してやったのだった。
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