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この部屋の外が今どんな時間なのか知らない。冷えた部屋で三崎に脱がされたカーディガンが、私の頭の下にあった。


「ハゲたらあかんから敷いとこな」


三崎はそう言って敷いたけど、フローリングでやるくらいの摩擦でハゲたら世界はハゲだらけだ。阿久津とその前の男は敷かなかったけど私はハゲていないし、阿久津が今カナダで抱いている女もハゲていないだろうし、その前の男が今抱いている女もたぶんハゲではないだろう。三崎は冗談までうまくなった。


三崎に膣内をいいようにされて喘ぎながら首をねじったら、床にほうったままのコテが視界に映った。いつだったか、髪を巻く私の後ろから阿久津がコテを奪い、パカパカしながらしげしげと見つめ、「玩具みてー」と言ったことを思い出した。


「熱いのっていれたらどうなんの?」


冗談っぽく笑うくっきり二重の阿久津の瞳は、左に「マ」右に「ジ」を映していて、そんなもんつっこまれたら火傷とか怪我以前にショック死するし、阿久津はセックス中によく人を殺しかけるから本当にやりかねないし、目がマジだし、と思って焦ってフェラに走りながら右手でコンセントを抜いたことを思い出した。


女が男を容易く殺せる瞬間があるとすればそれは、ペニスを咥えているときだと思う。


三崎は私に舐めさせることさえしない。舌が青いからかな。そのかわり何度も、濡れた親指と人差し指と中指を奥深く咥えさせた。口内をまさぐる三崎の指の隙間から、私は悲鳴のような泣き声を小さくあげ続ける。


ずっとスマホがラインの通知を鳴らしていた。


三崎と私、どっちのスマホから鳴っているのかは不明だった。三崎曰く“それ用の映画”をあらかた観終えたさーちゃんが三崎に復縁を迫っているのかもしれないし、アホの阿久津がカナダからアホな写真やら動画やらを私に送り続けているのかもしれないし、阿久津でもさーちゃんでもなく、もうなんで作られたのかも思い出せないような私と三崎の両方を含んだ古のグループラインがなにかのきっかけで眠りから覚めてリバイバルしているのかもしれない。


ぴこんぴこんとやまない通知音を聞きながら、私は挿入前と挿入中にあわせて四回ほど上手にいかされた。三崎がさーちゃんをいかせてきた指や舌やペニスで私は今いかされているんだなと、ぼんやり考えながらいかされていた。


三崎は私に指を咥えさせたまま、最後に奥をごりごりと穿ち、わずかに眉をしかめていった。お腹の上に出された白い精液を見ながら、三崎はさーちゃんやその他の女とも生でやってきたんだろうかと思った。


外はまだ晴れだろうか?


はじめて生でセックスした高校生のとき、精液に色がついていてよかったと思ったことを思い出した。涙みたいに透明だったら、どこに出されたかわからないから困る。


「雨やしやめとこうや」


ぼんやり天井を眺めていると、いつかの三崎がそう言った。


それは和くんの家にいたとき、みんなで昼からだらだらつまらなく飲んでいたとき、ひどい雨が降っていたとき、誰かがピザ頼もうと言いだしたとき、みんながチラシやスマホを見てあれがいいこれがいいとピザを選びはじめたとき、雨やのにな、と、ぼんやり思ったとき。


「雨やしやめとこうや」


雑魚寝でテレビを眺めていた三崎が言った。


「雨やから頼もって言ってんねんけど」


誰かが言った言葉になにも言い返さず、寝ころんだままテレビから一度も目を離さなかった三崎のことを、それでも届いたピザは平然と食べた三崎のことを、私は確かに好きだと思った。


それが性的なものなのかはわからなかったけど、性的なものの価値なんてもう私のなかでは随分前に地に堕ちていて、だからただ人間を人間として好きだと思えたことがうれしかった。


この気持ちと三崎との関係を私は誰にも言わずこっそり大切にしておこうと、弛緩した思考があのとき久しぶりにまともな結論を出した。


出したのに。


こんなふうにあっさり台無しにしてしまう。セックスなんかで台無しにしてしまう。


私の身体を上から下まで拭った三崎はティッシュの玉をゴミ箱に投げ捨て、フローリングに横たわる私の脇に手を差しこむと、よしょ、と短く声をあげて私を抱えあげた。あやすように私の頭を撫でる。


「乾はいつもそんな泣くん?」


耳元で囁いてそのまま歩いていくので、両脚を三崎の胴に巻きつけしがみついて答えた。


「泣かへん」

「じゃあ今なんで泣く」

「泣いてへん」

「鼻水ついてんねんわ」

「ごめん」

「いいよ。気持ちよかった?」

「ぼちぼち」


四回もいったくせにとからかうこともせずに三崎は、件の微笑みで私をベッドに降ろすから、


「行かんといて」


咄嗟に言ったらきょとんとして、それから短く笑った。


「もういった」

「ぼけ」

「一緒に寝たらまた勃っちゃうかも」

「あほ」

「勃ったらもう一回していい?」

「いいよ」


いいからいかんといて。全部台無しだ。


眠たい。眠ったらこのまま二度と目覚めたくない。三崎は私の隣にごろんと寝ころび、片手で床から毛布を引きあげる。裸体にやわらかく落ちてくる。エアコンの風から身を守るように、私たちは裸のまま毛布のなかで丸まった。


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