第三話:忍び寄る不信の影

ヒカリは、ユウトと葵に対する見方が、以前とは決定的に変わってしまっていた。心の奥底に沈む疑念は、小さな棘のように、彼女の思考のあらゆる隙間に食い込んでいた。ユウトが何かを隠している。葵もまた、それに加担している。そう考えるたびに、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。


その日の放課後。ヒカリは、ユウトと葵が昇降口で話しているのを見かけた。二人の間には、どこか深刻な空気が漂っている。ユウトが、時折、ヒカリの方向をちらりと見ているように感じた。ヒカリが近づくと、二人の会話はピタリと止まり、葵が気まずそうに目を逸らした。


「どうかしたの?二人で何か話してたの?」


ヒカリが尋ねると、ユウトは「いや、なんでもないんだ。部活のことでちょっと…」と曖昧に答えた。葵も俯いたままだ。その態度が、ヒカリの胸にさらに大きな不信感を募らせた。


(また、私には言えないこと…?)


その夜、ヒカリは自分の部屋で、昼間の出来事を思い出していた。ユウトと葵の、あの秘密めいた会話。そして、以前葵のスマホで見た、ユウトからの「ヒカリには言わないでくれ」というメッセージ。すべてが、黒い糸で繋がっているように思えた。


僕の計画は、次の段階へ移行していた。ヒカリの信頼を根底から揺るがすための、決定的な仕掛けだ。


翌日。学校の昇降口で、ユウトが靴を履き替えているのを、僕は遠巻きに見ていた。彼は、部活のロッカーに入れるためだろう、真新しいサッカーボールを持っていた。僕は、彼が靴を履き替える一瞬の隙を狙った。足元に置いてあった彼のバッグのファスナーに、指先が触れる。そして、小さなものを、音もなく滑り込ませた。


それは、葵が最近よく使っている、流行りのキャラクターのキーホルダーだった。僕が、数日前に葵の机から「借りていた」ものだ。


ユウトは気づかない。そのまま靴を履き替え、サッカーボールを抱えて昇降口を出て行った。


その日の午後。ヒカリは、担任の佐藤先生に呼び出された。最近の成績の低下と、早退の増加について心配されているようだった。


「星宮さん、何か悩みがあるなら、遠慮なく相談してくださいね」


佐藤先生は、優しくそう言ってくれた。しかし、ヒカリは自分の抱える悩みを、誰にも打ち明けることができなかった。魔法少女としての秘密。そして、親友と恋人への疑念。どれも、誰かに話せるようなことではなかった。


そんなヒカリの心を、僕が仕掛けた罠が、さらに追い詰める。


放課後。葵は、部活の帰り道、ユウトのロッカーの前を通りかかった。ユウトはまだ練習中で、ロッカーのドアはわずかに開いていた。葵は、ふとロッカーの奥に目をやった。そこに、見慣れたキーホルダーが、置いてあるのが見えた。


「あれ……私のキーホルダー?」


葵は、思わず声を漏らした。それは、彼女が最近、ずっと探していたキーホルダーだった。なぜ、それがユウトのロッカーに?


葵は、キーホルダーを手に取った。その瞬間、彼女の脳裏に、以前ヒカリが「ユウトが葵にだけ秘密を話してる」とこぼしていた言葉が蘇った。そして、数日前に、ユウトからヒカリにメッセージが届かなかったこと。


(ユウトが、私にだけ秘密にしてること、あるのかな…?)


葵の心に、小さな疑念が生まれた。彼女は、手の中のキーホルダーを、複雑な表情で見つめていた。僕の計画は、見事に成功しつつあった。ヒカリだけでなく、葵の心にも、不信の種が蒔かれたのだ。


ヒカリは、その日の夜も、心の奥に広がる不安と戦っていた。人々を守る魔法少女として、彼女は強くあらねばならない。だが、大切な人との絆が揺らぐ今、彼女の心は、次第に弱っていくばかりだった。


僕は、遠くから彼らの日常を観察していた。彼らの心に、見えない影が忍び寄る。

それは、ゆっくりと、しかし確実に、すべてを侵食していく。


******


次回予告:


ユウトのロッカーから見つかったキーホルダーが、葵の心にも疑念を植え付ける。ヒカリ、ユウト、葵、三人の間に亀裂が走り、それぞれの善意が裏目に出ることで、絆は音を立てて崩れていく。そして、ヒカリの魔法少女としての力にも、明らかな異変が起き始める。

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