第四話:交錯する不信

葵は、ユウトのロッカーから出てきた自分のキーホルダーを、複雑な気持ちで握りしめていた。なぜ自分のものが、彼のロッカーに?ヒカリがユウトに秘密を話されていると疑い始めたこと。ユウトがヒカリにメッセージを送らなかったこと。まるで、見えない糸で繋がっているかのように、小さな出来事が次々と頭の中で結びついていく。


翌日、葵はユウトに声をかけた。


「ねえ、ユウト。これ、ユウトのロッカーにあったんだけど…」


葵がキーホルダーを差し出すと、ユウトは驚いた顔をした。「え?なんでこれ、俺のロッカーに?俺、見たことないんだけど…」


ユウトは心底困惑しているようだった。彼の顔に嘘の色は見られない。しかし、葵の心に生まれた疑念は、そう簡単には消えなかった。彼の言葉が、どこか遠い世界の話のように聞こえた。


その光景を、教室の隅からヒカリが見ていた。葵が、自分のキーホルダーをユウトに差し出している。そして、二人が何やら真剣な顔で話している。ユウトが、葵にだけ何かを打ち明けているのではないか。葵が、ユウトの秘密を隠しているのではないか。ヒカリの心の中で、不信の塊が、さらに大きく膨らんでいった。


三人の関係性は、見る影もなく変質していた。以前は三人で笑い合っていた昼休みも、今は互いに視線を合わせようとせず、気まずい沈黙が流れることが増えた。ヒカリはユウトと葵が自分に隠し事をしていると思い込み、ユウトと葵は互いに「もしかして相手が…?」という疑念を抱き始めていた。僕の仕掛けた毒は、彼らの友情と愛情を、静かに、しかし確実に侵食していた。


魔法少女としての活動も、ヒカリにとっては苦痛になりつつあった。集中力の欠如は続き、小さなミスが増えていく。市民からの期待の声も、彼女には重圧でしかなかった。


「プリズム・スター、最近ちょっと精彩を欠いているって評判よね」


「もしかして、あの怪人にやられちゃったんじゃないの?」


街中で耳にするそんな陰口が、ヒカリの心をさらに抉った。人々の期待に応えられない自分への苛立ち。そして、そんな自分を支えてくれるはずの親友と恋人への不信感。彼女は、孤独な戦いを強いられていた。


その日の夜、僕はパソコンの画面を眺めていた。匿名のアカウントで作成した、ユウトと葵が親密にしているように見える加工画像。それを、僕は数枚、僕が以前から運営していた、クラスの匿名掲示板に投稿した。


『最近、ユウトと葵って付き合ってるの?』


『ヒカリがいないところで、いつも二人でいるんだけど…』


ごく軽い、他愛ないゴシップのように。だが、それは確実に、ヒカリを追い詰めるための、新たな毒だった。


僕の計画は、順調に進んでいた。彼らの信頼関係は脆くも崩れ去り、ヒカリの心には、すでに深い「曇り」が広がっている。その表情は、以前のような輝きを失い、影が差している。


僕は、その変化を、静かに、しかし貪欲に観測し続けていた。


最高の芸術作品は、今、その核心へと向かいつつある。


******


次回予告:


増幅する悪意の噂は、ヒカリを社会から孤立させていく。ユウトと葵もまた、僕の仕掛けによって互いを疑い始め、ヒカリを支えることはできない。そして、観測者の視線は、次なる破壊のステージへと向かう。

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