猫又娘の大冒険 9

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 三人の視線がまのに集中しました。フロージュ女王直々のお言葉もありましたが、フクとユキミは、この料理を食べるの!? と自身の運命を呪っていましたから、それがまのに向けられて発せられたとなると、同情せずにはいられませんでした。

「さあ」

 と、フロージュ女王が、少し枯れた声で促します。

「では、お先に頂きます」

 まのは三人の視線に少し緊張しながらも、料理を口に運びます。見た目がよろしくなかったので、食べるのに少し勇気が要りましたが食べれないことはありませんでした。

 透明度の低い水を口に入れ、喉を潤します。味はしませんでしたが、飲めないことはないな、とまのは思いました。

「お口にあってるかしら?」

「ええっと……はい」

 食事もお水も味覚に伝わって来ないので、美味しいのか不味いのか分からないので、まのは曖昧な返事しか出来ません。それでも女王様は、

「食べてくれるだけでも嬉しいわ。他の者は皆、流し込むか、こっそり捨てているのだから」

 その言葉にフクとユキミは小さい体を更に小さくします。ですが、どうやら二人を責めているようではないようです。

「あなた、確かまのって言ったわね。猫の国から来たとか」

「は、はい」

「だからなのかしら……」

 女王様は少し考えこむようでしたが、

「まの、本当に料理は何ともないの?」

 と、重ねて聞いてくるので、

「はい」

 と偽りなく答えると、

「ついて来なさい」

 立ち上がり、食堂から出て行こうとします。慌てて三人は女王様の後に続こうとしますが、

「まのだけで結構」

 ピシャリと言い放ちました。

「まの、大丈夫っほい?」

「心配だわ……」

 フクとユキミはまのを心配していますが、まのは──根拠はありませんが──酷い目に遭うことはないだろうと思っていましたので、二人は大人しくお城で待っているようにと言いきかせました。

 廊下から、そんな! と叫ぶジャックの声が聞こえたので、慌ててまのは廊下に出ます。

「お前は来なくてよい」

 廊下ではジャックも留守番を命じられていたようで、それが不満だったようです。

 まのは、あれだけ威勢の良かったジャックがしょんぼりとしているのを可哀想と思いましたが、女王様はさっさと城外に出ようとしているようなので、ジャックに慰めの言葉をかけることが出来ませんでした。

 何とか女王様に追いつくと、まのは、

「あの、どちらへ?」

 と訊きました。けれども女王様はそれに答えず、スタスタと歩を進めます。仕方なくまのもそれ以上は訊かず黙ってついていきます。

 ただでさえ暗い城内の明かりが更に乏しいものになっていきます。まのたちが馬車でやってきた方向とは逆方向に進んでいるようなので、城の奥に向かっているからかもしれません。

 どれほど歩いたのでしょうか、女王様が大きな扉を開けると眩い光が差し込んできました。その光はまのが最初に目覚めた、あのお花畑で浴びたものと同じ柔らかで優しく、暖かな光でした。

「うわあ!」

 そこはお城の中庭でした。お城と言えど中庭でしたので、見渡す限りと言うほどの広さはありませんでしたが、驚嘆の声を上げるに相応しい緑と色とりどりの草花が咲き誇っているではありませんか。

 思わず中庭に入ろうとするまのを、女王様が鋭く制止します。

「まの」

「あ、申し訳ありません」

 許可なく入ろうとした非礼を詫びるまのでしたが、叱責の声はなく、

「あなた、何か不安を抱えているのかしら」

 唐突な質問を投げかけて来たので、まのは驚きました。

「不安ですか? あるとすれば、猫の国に帰れるのかな、くらいでしょうか」

 あはは、と笑いながら答えますが、女王様は首を振り、

「いいえ。もっと大きな悩みや不安です」

 故郷に戻る以上の悩み? とまのは考えましたが、思い浮かびません。正直にその旨を伝えると、

「そう」

 と女王様は言い、目を細めて中庭を見ました。

 まのは初めて女王様の顔を見た思いです。今までこれほど近くにいなかったですし、食堂では席は近かったものの、薄暗くてはっきりと表情を読み取れなかったのです。

 しかし今見るその横顔は、ひどくやつれ、疲れています。病人みたい、とまのは思いました。

「女王様、こんなに素晴らしいお庭があるんですから、ここでお食事になさってはどうでしょう?」

 我ながらナイスアイデアだ、と思いましたが、女王様はまたも首を振り、

「あなただけ、入りなさい」

 と申しつけました。

「そして、感想を聞かせておくれ」

 それだけ告げると女王様は口をつぐみ、吹き抜けになっている中庭の空を見ているようでした。

 暗く、陰鬱な雰囲気のお城に一点、突き抜けるような青い空にかかる雲。それなのに一抹の不安を覚えながら、まのは暗いお城とは切り離されたような、光輝く中庭に足を踏み入れたのでした。

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