猫又娘の大冒険 10

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 大きなお城の小さな中庭は、光で満たされていました。

 まのの足からも生命の脈動が伝わってくるようです。四方を城壁に囲まれていなければ、もっと開放感を得られたことでしょう。

 生い茂る草はまるでクッションのような弾力があり、浮遊感すら覚えます。羽が生えたような軽い足取りで歩くたび、草花の心地良い香りが全身の緊張をほぐしてくれます。

 まのは言葉にこそ出してこそいませんでしたが、岩場の庭園からこのお城の閉塞感には閉口していたのです。あの、初めて目覚めたお花畑の印象が強烈に残っていたこともあったのでしょうけれど。

 木陰はひんやりとしつつ、木漏れ日が程よい暖かさを与えてくれます。その木には宝石の樹木でした。当然、あの不思議なグミのような果実もなっています。

 ちら、とフロージュ女王を見ますと、女王様は軽く頷きました。その頷きを見てからまのは、グミを一つ千切って口に運びました。

「ん〜?」

 しかしやはり味はしません。本当にフクやユキミは味を感じるのだろうか、と思ってしまいます。

「お味はいかが?」

 食堂の時と同じように、女王様が訊ねます。

「味がしません。フクやユキミちゃんは、とても美味しい味がすると言っていたんですけれど」

「他はどうかしら。例えば、そこの──」

 女王様は少し離れたところに流れる小川を指差し、

「飲んでみなさい」

 澄んだ、陽光を浴びてキラキラ光る水をまのは手で掬って飲んでみました。先ほど食堂で出された濁った水めいたものに比べれば、抵抗なんてものはありませんでした。

「普通の水です」

 冷たくて気持ち良かったけれど、味などしませんでした。

 その反応に満足したのか、女王様が中庭に一歩、足を踏み入れました。

「まの。私の足元をよく見なさい」

 まのは言われるまま、女王様の足元に視線をやりました。

「ええっ!」

 思わず、悲鳴が出てしまいました。それもそのはず、さっきまで緑鮮やかに生い茂っていた草が、あっという間に枯れ草へと変わったのです。

「ど、どういうことですか!?」

 フロージュ女王は命を与える魔法を使うと聞いていたまのはショックでした。これでは真逆、命を奪う魔法だったからです。

「こちらへ戻って来なさい」

 言われるまでもなく、まのは女王様の元へ駆け寄りました。女王様の隣に立ち、先ほどの出来事について訊ねようとしましたが、それより先に女王様が、

「私は、何かしら?」

 と、意図を掴みかねる発言をされたので、まのは困惑しました。

「何、と仰られてれも、この国の女王様でしょう?」

「では、あなたは?」

「え? え〜と。安知谷まのです。猫又の、まのです」

「それはお名前でしょう?」

 困りました。まのは女王様が何を問いかけているのかが全く分かりません。それに常日頃から、自分が何? と問われて即答できる人など、どれほどいるのでしょう。

「私は──」

 そんなまのの想いを知ってか知らずか、女王様は独り言のように話し始めました。

「この国の女王。皆が平穏に暮らすため、あなたの言う命を与える魔法で、飢えや寒さ暑さに困ることのなきよう努めている」

 遠くを見る女王の目に、青空は眩しいのでしょうか。その目はうっすらとしか開いていません。

「では、私は? 誰から必要とされているのか」

「そ、それはやはり、国の皆から──」

「皆が欲しいのは、魔法の力でなくて?」

「それは……」

 違います、と断言するには、まのはこの国のことについて無知でした。

「私はお前と一緒。私も食べ物、飲み物の味が分からない。ジャックが言う、あのグミの果実だって何の味も感じない」

「そうなんですか!?」

「そう。だからあの庭園でお前が何も感じない、と言った時は嬉しかった。ああ、やっと私の気持ちを分かってくれる人が現れた、と」

 驚きでした。女王様がそんなことを考えていただなんて。一人、こんな深い苦悩を抱えていたなんて。

 しばらく二人はのどかな中庭を眺めていましたが、

「その、味覚を感じないと言うのは、ずっと昔からなのですか?」

 沈黙が苦手なまのが口を開きました。

「昔──昔はこうではなかった。この中庭のように、城の中も外も輝きに満ちていた。食べ物の味だって美味と感じた記憶がある」

「じゃ、じゃあ、何か原因があるんですよ! それさえ取り除けば、きっと以前のように──」

 不意にまのの胸の奥が、ちくりと痛みました。そして女王様の言葉が蘇ります。

 ──私は、何かしら?

 ──では、あなたは?

 まのの頭の中にその言葉が何度も反芻はんすうされます。

「女王様」

 まのは、女王様を正面から見ました。

「何かしら?」

 女王様も、まのを正面から見つめ返します。

「どうしてこの中庭を、あたしに見せたのですか?」

「さあ。気まぐれかしら」

「いえ、きっと何か意味のあることだと思います。女王様はお疲れで、それに気づいていないだけで」

「では、どういう意味があるのか、あなたには分かって?」

「分かりません、今は」

 そう言うとまのは片膝をつき、

「女王様。あたし少し分かった気がするんです。どうしてここに迷い込んだのか。きっと女王様のお力になるために、ここに来たんです」

「私の、力に?」

 女王様は目を見開き驚いた様子でした。

「はい。ですから、少しお時間を頂けないでしょうか」

「何をなさるのかしら?」

「分かりません。でも、信じて待っていて下さい」

 まのは力強く、きっぱりと言い切りました。その決意に満ちた目に女王様は少し圧倒されていましたが、

「そこまで言うのなら、待ちましょう。しかし──」

 女王様は威厳に満ちた声で言いました。

「そこまで大見得を切ったのです。何も成し得なかった時は、ここにずっといてもらいます」

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