第1章 ‘A’は、アホの子の‘A’

‘A’は、アホの子の‘A’―①

 アリスティド=ドールに、落ちつきがない。


 側仕えのエルにれさせたお茶をひとくち、ふたくち飲んだかと思えば、おもむろに立ち上がり、部屋の中をうろうろと歩きまわる。


 かと思うと、壁に掛けられた大きな姿見すがたみの前で立ち止まり、何度も髪を整える。


「タイの色が、おかしくないかな。深紅しんくなんて、いやみじゃないかい?」

「わが国の国旗の色です。アリスティド様ほど、その色がお似合いになる方は、いません」

 エルは断言する。


「そうか? でも、タイピンが金色って」

「髪の色とあいまって、なんとも神々こうごうしい」

 エルはすかさず言う。


「神々しいのは、まずいんじゃないかな。いまから会うのは光の乙女だよ。神につかわされた聖女だよ」

「なればこそ、相応そうおうの品格が必要かと」

 エルはしれっと答える。

「それもそうか」


 エルの母親は、アリスティドの乳母うばである。

 乳兄弟ちきょうだいとして、生まれたときからのつきあいだ。アリスティドをあしらうことなど、エルにとっては、お手のもの。


   ▽▲▽▲▽▲▽

 

 あの、天から「光」が落ちた夜――王子さまがたは、実に王子さまがたらしく行動した。

 特権(親の七光りともいう)を振りかざし、教官や、護衛の制止を振り切って、馬に乗り、いち早く丘に駆けつけたのだ。


 当然のごとく、大人たちは、無鉄砲な少年たちのあとを必死に追った。

 なにかコトが起きれば、ここにいる大人全員の首が飛ぶ。物理的な意味で。


 その時には、まばゆい光は、蛍火ほたるびのようにほのかにあたりを照らすほどにおさまっていた。

 星空のもと、年若い王子を先頭に、数十の人々が丘に上った。


 光の中に、人がいた。

 少女だった。

 肩にかかるかかからぬかほどの黒い髪に、黒くて丸い瞳をもった、まだあどけない顔をした少女だ。


 少女は、呆然と光の中心に座り込んでいた。

 えぐれた地面にじかに座っていたために、服にも、靴にも、土がついていた。


 白い半袖のブラウス。首元には、赤い蝶々のようなリボンをつけている。

 美しいひだつきのスカートの丈は、膝こぞうよりも上で、すらりとした足がもろに見えた。


 足首までの白い靴下には、家紋かもんかまじないであろう、シッポがギザギザの、黄色いハムスターのような動物の刺繍ししゅうがされていた。


 一同は、馬を降りた。

 人々が見守るなか、アリスティドが、少女のまえにひざまずいた。

 みな、あわててそれにならったが、王太子専用に雇われた護衛たちと、騎士団長の息子ドリアンだけは、油断なく、周囲をうかがっている。


「光の乙女よ」

 アリスティドが呼びかけた。

「ふぇ?」

 丸い目を、さらに丸くして、少女は、アリスティドを見た。


 そのようすは、なんとも幼く、アリスティドと、その友人たちのほほ笑みを誘った。

「わたしは……、いや、ぼくはアリスティド=ドール。この国の王太子だ。ぼくの言葉はわかるかい?」

 平易へいいな言葉づかいで、アリスティドはゆっくりと話した。


「言葉は、わかります。日本語がお上手ですね。あの、でも、おうたいしって、何ですか」

 少女は、言葉が通じることにホッとしたらしい。緊張が、わずかにけた。

世継よつぎ、いや、国王の息子と言えばわかるだろうか」


「王子様ですか! え、それじゃ、ここって……、日本じゃ、ない?」

 少女は、おろおろとあたりを見回した。


   ▽▲▽▲▽▲▽


 少女の名は、白光しろみつきららといった。

 白光が家名かめいで、きららが名前である。

「良かったら、きららと呼んでください。友だちは、みんなそう呼ぶので」

 と、少女は無邪気に言った。

 

 もっと慎重になるべきだ、と、学園長ほか、分別のある大人たちは反対したが、

「光の乙女を疑うつもりか。それは、わが国ドールの建国の祖を疑うと同じことだぞ。場合によっては、不敬罪に問う!」

 アリスティドは、きららをともなって、学園に戻った。

 

 ドール王国の建国には、天より光とともに現れた「光の乙女」の存在が深く関わっている。

 初代王は、光の乙女と、ほか仲間4人とともに魔を退けたのち、ドール王国を建て、彼女をきさきに迎えた。これがおよそ、200年前。


 歴史の中に、再び光の乙女が現れるのは、建国後100年ほど経ってからだ。

 ドール王国は、あいつぐ魔物の襲来と内乱の危機にあった。

 このときも、光の乙女と呼ばれる黒髪の少女は5人の勇士とともに戦い、国に平穏をもたらした。


 ふたりめの光の乙女は、5勇士のうちのひとり、ルミヌ教の司祭と結ばれ、生涯、各地を旅して過ごした。

 このとき5勇士のうちに王族がいて、のちに即位した。かの王は、こんにち、「ドール王国中興ちゅうこう夏至王げしおう」と呼ばれている。

 光の乙女の良き友人、ルミヌ教の庇護ひご者としても知られる。


 その時代からさらに、ざっくり100年が経ち、現在となるわけだ。


 とうぜん、王立学園内は、上を下への大騒ぎとなったが、アリスティドは頓着とんちゃくしなかった。

 伝説の乙女を守らねばならぬという使命感に燃えていたからである。


 さきのふたりの光の乙女とともに戦った5勇士。

 二度とも、王族が含まれていた。

 ならば、――


 二度あることは、三度ある。

 アリスティド王太子が信じてもしかたがない。


 自分の番が来たのだ。

 冒険の始まりだ!


 と、このように、アリスティドは、盛り上がっていたのだが、この騒動で、もっとも割を食ったのは、側仕えのエルであった。


 学園長ほか、学園の重鎮じゅうちんからの圧力、白光きらら滞在のとりあえずの環境整備、遅れてやってきた王宮の使者への応対、本業であるアリスティドの世話……。

 育ち盛りのエル少年は、3日で3キロせた。


 3日後の7月10日、白光きららは、王国の正式な客人まろうどとして、丁重ていちょうに王宮に移された。

 それを追うように、アリスティドは実家でもある王宮に戻った。


 そして今、5日ぶりにアリスティドは、きららに会う。


 部屋の外から、声がかけられた。

 エルが確認し、扉を開ける。

 国王付きの使用人であるサラ夫人だった。50歳をいくばくかこえたベテランである。

 

 王室担当の目印である赤い星形のピンバッジをえり元に付けたサラ夫人は、いつものように落ち着いたようすで、

「申し上げます。アリスティド殿下におかれましては、国王陛下より、桔梗ききょうの間にいらっしゃるようにとのお言葉でございます」

 と、伝えた。






 




 

 

 












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