攻略対象‘E’のひみつの遊戯

・みすみ・

序章 光あれ

光あれ

  虚空こくうより現れし ましろき乙女

  5人の勇士と出会い 魔を打ちはらう

  大地 黄金の光に包まれ 人々歓喜せり  

         『ドール王国創世の記』



 新月の夜だった。

 地上からは、かがやく星がよく見えた。


 空気は澄んでいて、風は静かだった。

 ロマンティックな恋人たちや、職務に忠実な天文学者たちでなくとも、ついつい外に出て、空を見上げたくなるような、そんな美しい夜だった。


「たいくつだねぇ」

 ためいき混じりにこぼしたのは、黄金の髪をもつ少年だ。

 アリスティド=ドール。

 100年の平和を享受きょうじゅするドール王国の王太子である。


 広いバルコニーの、ひやりと冷たい石造りのてすりにひじを置き、整えられた庭園を、見るともなく見下ろしている。

 学園専任の庭師が丹精たんせいした庭だが、ポツポツと点在する常夜灯以外に灯りのない夜闇の中では、ぼんやりと木々の輪郭がわかるていどだ。


「夏休みには、やることがめじろおしだろう、王子さま。たいくつしているひまはないはずだが?」

 眼鏡をふきふき、となりでこたえたのは、バンジャマン=アルジャン。

 アリスティド王太子の幼なじみにして、宰相さいしょうの長子である。

 今夜の眼鏡は、髪色に合わせたような銀ぶちだ。


 夏の長期休みには、学生たちはみな、この宿舎をあとにして、王都の館や領地の城屋敷しろやしきに帰ったり、旅に出たりする。

 アリスティドも、とうぜん、王宮に戻る。

「そういうのじゃ、ないんだよなぁ」

 アリスティドは黄金の巻き毛をふるふると振る。


「どうした、どうした、また王子さまのわがままがはじまったのか」

「ドリアン=フェール、きみはまったく口が悪い。そんなことだから、女の子たちから敬遠けいえんされてしまうんだよ」

 部屋から、アリスティドたちのいるバルコニーに出てきたのは、ふたりの少年だった。


 長身で、ひきしまった体つきをしているのが、先に出てきたドリアン=フェール。近衛このえ騎士団きしだんを率いるフェール騎士伯きしはくの息子である。

 軽口をたたきながらも、大騎士の家できたえられてきた子どもらしく、こげ茶色の瞳には、鋭く強い光がある。


 ドリアンのうしろが、シャルル=キュイーブル。こちらは対称的に、女の子が好みそうな、繊細せんさいな顔立ちの美少年だ。長いまつげの下の、濡れたような紫紺しこんの瞳が印象的だ。

 

 4人とも、由緒ゆいしょ正しきドール王立学園中等部の修了式をつつがなく終え、学年末休みを明日にひかえたのんきな学生たちだ。

 アリスティドは、4階建ての学生宿舎の最上階をまるまる専有しており、そこに招き入れられるのは、ごく限られた者だけだった。


「シャルル。だからといって、きみは浮名うきなを流しすぎだと思うがね」

 ちくりと言葉をはさんだのは、バンジャマンだった。

脳筋のうきんのドリアンへのアドバイスさ。きまじめバンジャマンくんにも、アドバイスしてやろうか。かわいい女の子とのつきあい方、あるいは、魅惑的なマダムとのあそび方」

 財務ざいむ大臣の三男のこたえは、あくまでも軽い。


「けっこうだよ」

 バンジャマンも、本気でやりあうつもりはない。

「ふふん。それで? アリスティド、まだ休憩が必要かい? カードの続きは?」

 シャルルはアリスティドに声をかける。

 

 カードゲームのさなかに、「少し休もう」と言って、外の空気を吸いに出てきたアリスティドだった。

「ううん、どうしようかな」

 王太子の言葉は迷っているように見えて、気乗りしないというのが丸わかりだった。


「今夜の星はとてもきれいですよ。――ひととき星見ほしみを楽しむというのはどうですか? こちらにみなさまの席をご用意しますので」


 と、それまでひっそりとバルコニーのかげに控えていた赤髪の少年が申し出た。

「そうだね、エル。そうしてもらおう」

 アリスティドは、うなずく。

「すぐに」


 小柄な側仕そばづかえの少年は、翡翠ひすい色の目を細めてにこりと笑うと、ひとり、てきぱきと動き始めた。

 王子のプライベート・タイムだ。この場に、ほかに使用人はいない。


「あいかわらず、冬ごもり前のリスみたいに動く奴だなぁ」

 体を動かすのが得意なドリアン=フェールが言い、部屋の中に戻った。バルコニーに足りない2人分の椅子を両脇に抱え、運び出す。


「やさしいじゃないか、脳筋のうきん。しかたがない。ぼくも、茶菓子ちゃがしくらいは運んでやろう」

 シャルル=キュイーブルが優雅に菓子皿を持ち上げた。


「それだと、ぼくがなまけ者に見えるだろう。では、ぼくは茶器ちゃきを」

 バンジャマン=アルジャンも動き出す。


「とんでもない、バンジャマンさま。どうか、アリスティド殿下のおそばに」

 エルはあわててバンジャマンをとどめた。


 バンジャマンは、数瞬すうしゅん考え、

「ああ、そうだね。警備が厳重な宿舎の中とはいえ、王太子から目をはなしてはいけない。アリスティド、きみの側仕えは、よく気が利くことだ」

 感心したように言った。


「バンジャマン……、エルは、きみがあまりにもぶきっちょだから、へたに手伝われて、ぼくのお気に入りのティーセットをうっかり割られたくないだけだと思うよ」

 アリスティドがぼそりと言った。


 将来を嘱望しょくぼうされた少年たちにとって、いつものように、少しばかりたいくつで、だが、何の不安もないおだやかな夏の夜だった。


 そのときまでは。


 閃光せんこうが、夜を貫いた。


 遠く、天の彼方かなたから、まばゆく、はげしい光が落ちた。

 遅れて、轟音ごうおんがした。

 光が地をえぐったのだ。

 地上に落ちたそれは、四方八方しほうはっぽうに輝きを放ちつづけた。


「なんだ、あれは!」

 それが見えた町々の夜警やけいたちは緊張して叫んだ。


「ひいいっ」

 街路がいろ千鳥足ちどりあしで歩いていた酔っぱらいは腰を抜かした。


 辻占つじうらたちは、言葉をうしない、ひれ伏した。


「こ、これは、まさか!」

 名だたる歴史学者や天文学者たちは青ざめた。


 町であれ、田舎であれ、異変に気づいた人々は裸足はだしのまま外に飛び出した。

 あるいは、おびえ、窓という窓を閉め、毛布にまるまってがたがたと震えた。


 アリスティドをはじめとする5人の少年たちは、反射的に腕で目をおおったり、顔をそむけたりして、まばゆい光を避けた。

 白い光が落ちたのは、ごく近く、彼らのいる学園の目の前の丘の上だった。


 宿舎のほかの部屋からも、ガタガタと窓や、扉を開ける音がした。

 窓から身を乗り出してよく見ようとする生徒、いち早く庭におどり出る生徒。

「落ち着け! 落ち着くんだ!」

 叫んでいるのは、寮監りょうかんの声か。


 徐々に光は小さくなっていった。


「今か――!」

 アリスティドが、うめくように言った。

 彼は、われ知らず、がれるように、空中に手を伸ばす。

「今だったのか」

 その恍惚こうこつとした表情を見たバンジャマンが、はっとしたように言った。

 

 シャルルも、ドリアンも、一瞬目を見開き、吸い寄せられるように、ふらふらと手すりに近づいていった。


 王太子、アリスティド=ドール。

 宰相の長男、バンジャマン=アルジャン。

 財務大臣の三男、シャルル=キュイーブル。

 近衛騎士団このえきしだん長の嗣子しし、ドリアン=フェール。

 4人の少年たちは一列に並び、淡く光る丘の上を見つめた。

 

 みな、熱に浮かされたような顔をしている。


 その数歩下がったバルコニーの隅で、アリスティド王太子の乳兄弟ちきょうだいにして、側仕えのエル=ピエールが、いぶかしそうに、彼らを見ている。


 ドール王国暦おうこくれき明星王みょうじょうおうが13年7月7日。

 光の乙女の物語は、そうして、始まりを告げたのだ。

 










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