その三



【柿ピー文芸】つまみ小咄


『のれんの向こう』


のれんをくぐるときは、

ちょっとだけ、背筋を伸ばすもんや。


そう教えてくれたのは、顔の怖い常連の大将だった。


「のれんはな、“人の外と内”を分ける帳(とばり)なんや。

ヘラヘラ入ってくるやつぁ、ろくな呑み方せん」


言われたときは若すぎて、

“なにえらそうに”と思ったけれど、

今では俺も、のれんの前で一呼吸おく。


一日を脱ぐ儀式のような、そんな気分で。


あの大将は、もう居ない。

けれどのれんは、今日も揺れてる。


たぶんそれは、“迎えるため”やなくて、

“背を見送る”ためなんやと、ようやくわかった。



その三・完


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る