第5話

朝、起きてキッチンに行くと──何かが焦げる匂いがした。


コンロの前には叔父さんが立っていた。

エプロン紐が縦結びで、パジャマのまま。寝癖の髪はボサボサで適当にうしろで纏めている。


「……あれ? ミオ、起きた? ちょうど朝食ができるところなんだ!」


「嘘だね。火事の匂いがするもん」


「これは“スモーキーな香り”という表現で……」


「朝からどんな料理作ってんの」


わたしは深いため息をつきながら鍋の中をみた。


叔父さんは料理がしたいらしい。

最近「家事は分担制の時代だ!」と目覚めたらしく、やたらと張り切っている。


でも──料理は、向いていない。断言できる。


「これはね、トマトスープだよ。ちょっとスパイスを利かせてみたんだ」


鍋の中でぐつぐつ煮えている液体は、赤黒く泡を吹いていた。

その中に、パスタのようなものがおぼれていて、なぜかゆで卵が浮いている。


「……パスタ入ってるの?」


「具材のバリエーションってやつ! スープパスタ風!」


「そして、なぜゆで卵が丸々ういてるのかを教えて欲しい。しかも何で一個?」


「ひとつは試食した!」


「じゃあ、その一個はわたしの、かな?」


「もちろんだとも」


うーむ。食べたくないなぁ。


叔父さんは、ホラー作家だ。

けれど、筆は遅い。

今もパソコンのフォルダの中には“未完の原稿”が何本も詰まっている。

ベストセラー作家には遠すぎて、シッポも見えない。


とはいえ、特定の熱烈なファンがついていて、「吐くほど怖い」と評される作風が好まれているらしい。


「いや〜、最近ようやく電子版も売れ始めてさ! 何と重版もかかったんだぞー。まあ、小ロットだけどな……」


「そのぶん、株取引が好調だからいいでしょ?」


「ふふふ……まあな。相場の幽霊は俺には見えないけど、読めるからな!」


元・重工業メーカーの設計部門勤務。理数系で、今は退職金を元手に株式投資で生活の大半を支えている。


「ミオ、次はホワイトシチュー作ってみようかな」


「ダメ。色が灰色になる未来が見える」


「じゃあ焼きそば!」


「火を使う料理は全面禁止」


「……じゃあ……」


「包丁も禁止」


「……そ、そっか……」


しょんぼりする叔父さん。

でもその姿が少しだけ可愛いのが悔しい。


ちなみに、冷蔵庫の裏側に今朝も“何か”が蠢いていた。


たぶん昨日の夜から“増えている”。


牛乳を飲もうと冷蔵庫のトビラを開けたら、慌てた何かがサッと出ていった。入り込んだのに気づかずに叔父さんが閉めてしまったのだろう。


わが家の日常ってそういうふうにできている。


「なあミオ、俺、掃除担当ってのはどうかな。コードレス掃除機とかすごい憧れてるんだけど」


「掃除なら歓迎です。ルンバの上に何か乗ってたりしてね!」


「……え、何それ?」


「なんでもない」

わたしの渾身の怪異ジョーク……


今日も、お化け屋敷みたいな家で、わたしたちは生きている。


見ないようにしてる怪異に囲まれながら。

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叔父さんとわたしはお化け屋敷に住んでいる トイノリ @teru_go_go

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