第1話 いきなりの大注目

 う、う~ん……。ここ……どこ?

 目を開けると、まず最初に真っ白な天井が目に入った。

 わたし、意識失ってた……?

 っていうか、ちゃんと生きてる?

 首を左に傾けると、ベッドサイドに誰かが座っているのが見えた。

 南条蒼真——わたしが今回護衛することになっている人物その人だ。

 目が合うと、深~いため息をつかれた。

「あんた、一応プロなんだろ? だったら、あのくらい無傷で避けられなかったわけ?」

 ……え? いや、ちょっと待って。

 命がけで助けてもらって、そんな言い方ってアリ?

 普通この場合、『大丈夫だったか?』とか『助けてくれてありがとう』って言うんじゃないの?

 たしかに、わたしが気を失っているうちに、車から降りてきた犯人に連れ去られたり、サイアクの場合……の可能性だってあったわけだけどね?

 それを考えたら、危険を目の前にして気を失うなんて、護衛失格だって言われても仕方ない。

 とは思うけどさ⁉ こっちだって自分の身を犠牲に、し、て……って、どこも痛くない……?

 がばっと起きあがって、パタパタと自分の体を確認する。

 え、なんで?

 重傷どころか、かすり傷ひとつない。

 ひょっとして、さっきのは夢?

 ううん。そんなはずない。

 なのに、なんでかすり傷ひとつないの?

「あの、さっき車が突っ込んできて——」

「自己紹介。はじめて会ったらまず名乗るもんでしょ? 一応あんたの雇い主なんだけど、俺」

 わたしの質問にかぶせるようにして言う。

「しっ……失礼しましたっ」

 慌ててびしっとベッドの上で正座する。

「本日より、南条蒼真様の……お世話係を務めさせていただきます、望月詩乃と申します」

 彼の護衛としてここにいるっていうことは、他の人にはヒミツなの。

 普段は普通の人と変わらない暮らしをして、任務が入ったときだけ隠密に活動する、ヒミツの家業だからね。

「そんじゃ、教室行くぞ。立てるよな?」

「はい。問題ありません」

 そう言って立ち上がろうとするわたしに向かって、ため息をつく。

「あのさあ、今日から一応クラスメイトなんだから、その敬語はやめてくれる? 当然だけど『様』もナシな」

「はい、承知いたし……うん、わかった。えっと……南条……くん?」

「まあ、とりあえず、それでいいわ」

 傍らに置いてあった自分の荷物を肩に引っ掛けると、さっさと先に歩きだす南条くん。

 慌ててベッドをおりると、わたしもカバンを手に南条くんの背中を追った。

 本当にどこも痛くない。

 さっき、絶対にひどいケガをしたはずなのに。

 サイアク頭がかち割れていてもおかしくない状況だったのに、無傷ってどういうこと?

 なんだかんだで、事故のことははぐらかされちゃったし。

 頭の中で同じことをぐるぐる考えながら、前を行く南条くんについて廊下を歩いていく。

「本当に来てるよ、クール王子! 久しぶりに見たけど、やっぱ超カッコいい~」

「中学は学校に来るってウワサ、本当だったんだね」

 女子の興奮した声が、教室の前を通りすぎるたびにあちこちから聞こえてくる。

 けど、当の南条くんはまったくの無反応で、さっさと通りすぎていく。

 ふうん。資料にはなかったけど、『クール王子』なんて呼ばれてるんだ、南条くん。

 こういうクールな態度が、逆に女子の心を鷲づかみにしてるってわけね。

「ねえねえ、知ってる⁉ さっき校門のとこで、クール王子がキスしてたって話」

「あ、わたしもそれ聞いた!」

「ちょっと、なにそれ⁉ 詳しく教えて」

 え……なにこの人。わたしがあんな目に遭ってたときに、そんなフシダラなことをしてたってこと⁉

『蒼真が無事で、本当によかった』

『バカだな。俺がおまえを残して、こんなところで死ぬわけないだろ?』

 ブチューッ!

 みたいな⁉

 信じられない。

 しかも、さっきの事故よりも大きなウワサになってるし!

 ……って。ああ、そっか。

 事故の件は、多分『アイツ』が大事にならないように、うまくおさめてくれたんだ。

『アイツ』っていうのは、今回わたしの任務の補佐役として、一緒に学園に潜入している佐治さじ圭斗けいとのこと。

 圭斗はわたしと同い年だけど、すでに何度も単独任務をこなしているベテランなの。

 愛らしい顔で油断させて敵の懐深く潜り込んで情報を引き出したり、人の心を操る術が得意なんだ。

「ねねっ、クール王子来たよ。やばっ。こんなに近くでホンモノ見たの、はじめて~」

 一足先に教室に足を踏み入れた南条くんに、女子の視線が一斉に集まる。

 その隙に、とにかく目立たず空気になりきって教室へこっそり入ろうとした瞬間、今度はわたしにみんなの視線が集まり、思わずその場で固まる。

「あっ、あの子! あの子だよ、さっき王子とキスしてた子」

「誰、あの子? 中学入学組だよね?」

 サッキオウジトキスシテタコ……って、わ、わたし⁉

 キョロキョロと教室の中を見回して、圭斗の姿を確認する。

 どういうこと⁉

 当の圭斗は、あくまでもわたしとは赤の他人ですっていう態度で、周りの子と一緒になって、わたしのウワサ話なんかしてるし。

 っていうか、もうすっかりクラスになじんでるし! 仕事早すぎだし!

 あー、もうっ。『僕はあくまでも補佐役。これ以上頼らないでくれる?』ってことね。

 だったらもう本人に確認するしかない。

 バタバタと南条くんの席まで行くと、「なん……どう……して!」と意味不明な声を発しながら腕を引く。

『南条くん、どういうことか説明して!』って自分では言ってるつもり。

「いいからおとなしく座れって。望月の席はそっちな」

 平然としたまま、隣の机を指さす南条くん。

 なに? キスなんて日常茶飯事で騒ぐほどのことじゃないってこと⁉

 モテ男子、こわっ!

 しかも、気を失ったわたしに無理やりするとか、わけがわからないんですけど。

 ……いやいや。さすがに見間違いだよね?

 絶世の美女ならいざ知らず、会ったばかりの、特別かわいいわけでもなく、色気もゼロなわたしなんかに、そんなことするわけないじゃない。

 そう自分に言い聞かせながら、席に着く。

「なんか、すげーウワサんなってんだけど。おまえ、ガチでしたの?」

 親しげに南条くんに話しかけてきたのは、短髪で活発そうな男子。

 たしか南条くんの幼なじみの一人で、老舗和菓子屋の跡取り息子の北澤きたざわ大和やまとくんだ。

 スポーツマンっぽい見た目どおり、初等部から野球部に所属していて、中学でも活躍が期待されている将来有望な選手なんだとか。

「まさか大和がウワサを信じるタイプだとは思わなかったよ」

 南条くんが、小さくため息をつく。

「いや、一応聞いてみただけだって。だいたいモテキャラなクセに、愛莉以外の女子には塩すぎる蒼真に先越されるとか、地球が終わってもありえねーだろ」

「そーいうこと」

 さらっと否定してるけど、火のないところに煙は立たぬって言うじゃない⁉

 だからきっと、ウワサどおりじゃないにしろ、それに近いなんらかの出来事があったんじゃないかって思うんだよね。

 たとえば、気を失ったわたしに人工呼吸でもしてた……とか。

 つまり、人命救助……?

 うん。その線はありうる。

 むしろそういうことにしておこう。

「まあでも、俺ら付き合うことになったから。そのうちそんなことが本当にあっても、おかしくないかもな」

「えぇっ⁉」

「はあ⁉」

「ウソ、ウソ、ウソ!」

 わたしと北澤くん、それからもうひとつ別の興奮した声が重なった。

 わたしの前の席の、星山ほしやま愛莉あいりさんだ。わたしたちの方を見て、頬を赤らめ両手で口元を覆っている。

 ふんわりウェーブのかかった茶色っぽい髪に、キラキラした二重の大きな目が印象的。

 この学園の女子はどの子もなんだかキラキラしててかわいいなって思っていたけど、星山さんに見つめられたら、同じ女子のわたしでもドキッとしちゃうくらい。

 南条くんのもう一人の幼なじみの星山さんは、全世界に高級リゾートホテルを持つホテル王の一人娘。

 由緒正しい家柄の子が通うこの学園内でも、この幼なじみ三人組が目立つ存在であることは、間違いない。

 そんな南条くんの爆弾発言直後、先生が教室に入ってきて、入学式会場となっている講堂へと移動を開始することになった。

 ねえ、ちょっと待ってよ。さっきの爆弾の説明、まだ聞いてないんだけど。

 っていうか、視線! 全女子からの視線が突き刺さってるから‼

 わたし、これでも忍びだよ?

 空気みたいに、ひっそりこっそりお守りする予定だったのに、なんでいきなりこんなに目立っちゃってるの~⁉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る