第2話 取り消して!
「なんであんなウソをついたの⁉ 今すぐ取り消して!」
入学式が終わると、すぐさま南条くんを人気のない場所に引っ張っていって文句を言う。
「どう考えたって、これが一番いい方法だと思うんだけど? これなら俺と一緒にいても、不審に思うヤツはいないだろ」
そ、それはそうかもだけど……。
「……って、不審すぎるよ! 『どこで知り合ったの?』って聞かれたら、なんて答えればいいの? それに、わたしと南条くんじゃ、全然釣り合わないし」
ふー、危ない、危ない。危うく南条くんの口車に乗せられるところだった。
「でも、もう言っちゃったし」
そ、それもそうだけど……。
「それに、依頼人の言うことは絶対、だよな?」
う……それもそうですけど……。
「ってことで、改めてよろしくな、俺の彼女役」
南条くんが、ニッと悪い笑みを浮かべる。
今までずっと、お兄ちゃんに一人前だって認めてほしくてがんばってきた。
そのためならいくらでもがんばれたし、任務の邪魔になるようなことは——たとえば恋、とか——絶対にしないって心に決めていた。
なのに、どうしてこんなふざけたことに付き合わなくちゃいけないの?
依頼人だからって、なにをしても許されるわけじゃないのに。
「……わかりました。南条くんのご指示であれば、従います」
ぎゅっと両方の拳を握り締めると、顔をうつむかせて絞り出すようにして言う。
まったく納得してはいないけど、依頼人の指示は絶対だ。
それに、今朝のあの出来事を見ただけでも明らかだ。
南条くんが、本当に命を狙われているんだってこと。
常に一緒にいても怪しまれない彼女役は、護衛にもってこいのポジションには違いない。
誰に恨まれようが、どんな嫌がらせをされようが、依頼人の命より大事なものはない。
こんな女子力ゼロなわたしが学園の王子様の彼女だなんて、ぜーったいにみんな納得しないだろうけど。
望月詩乃、任務のため、この設定をきっちりやり遂げてみせます!
……とは言ったものの。
一学年十人くらいしかいない田舎の小さな小学校出身で、放課後は毎日山の中で修行! ……みたいな暮らしをしていたわたしにとって、この都会のセレブな学園はキラキラまぶしすぎる。
ここに通う子たちは、みんなしゅっとしたキレイな子たちばかりで、丁寧に整えられたロングヘアに、爪なんかもキレイに伸ばしてよく手入れされていて。
動きやすさ重視のショートボブヘアに、きっちり切り揃えられた爪のわたしとは、同じ制服を着ているはずなのに、明らかに体からにじみ出ているオーラが違う。
やっぱり南条くんの彼女役だなんて、ムリがありすぎるってば。
南条くんの隣にぴたりと貼りつくようにして、教室に向かって廊下を歩いていると、案の定ウワサ話があちこちから聞こえてくる。
「ねえ、本当にあの子がクール王子の彼女なの?」
「いまだに信じられないんだけど」
ほらほらほらほらぁ。さっそくウソだってバレそうだよ。
「わたし、絶対愛莉と付き合ってるんだと思ってた」
「わたしも! それが、まさか……ねえ」
愛莉さんって、幼なじみの星山愛莉さんのことだよね?
そういえば星山さん、さっきわたしと南条くんが付き合うことになったって聞いて、すごくビックリしてたっけ。
北澤くんも、『モテキャラなクセに、愛莉以外の女子には塩』だなんて言ってたし。
南条くんにとって、星山さんって……ひょっとして、トクベツな人なんじゃないの?
そうだよね。普通に考えれば、南条くんと星山さんは、学校イチのベストカップル間違いなしだもん。
こんな田舎者の地味子が南条くんの彼女だなんて、誰も納得するわけがないよ。
「でもさ、王子が選んだ相手なら……わたしは涙を飲んで祝福する」
「そうよね。推しの幸せはファンの幸せ」
「それでこそ、ファンの鏡だわ」
あ、あれっ? なんだか思ってた展開と違う方向に進みはじめたんだけど……?
そういえば、グサグサ視線が刺さるって思ってたけど、なんだか温かい目で見守られているような気がしないでもないような……。
普通なら、どこに行っても睨まれたり、教科書を隠されたり、校舎裏に連れ込まれて『どういうつもり? あんた、自分が地味子って自覚ある?』なんて迫られたりしてさ。
そういうのが、少女マンガなんかの王道展開なんじゃないの⁇
なのに、こんなふうに祝福されたり、温かい目で見守られたりしたら、逆に本当に南条くんのことを想っているんだなって思い知らされて……ウソをついているのが、申し訳なくなってきちゃうよ。
***
校門のところで南条くんの帰りの車を見送り、ふぅーと大きく息をはく。
長く感じた初日の任務も、なんとか無事終了。
おつかれ、わたし!
「今朝は大活躍だったねえ」
突然背後から声をかけられ、ビクッと肩が小さく跳ねる。
そーっと振り向くと、警備員さんが笑顔で立っていた。
胸元には、『和田』という名札をつけている。
「な、なんのことですか?」
ひょっとして、今朝の事故のこと、覚えてるの?
たらりと冷たい汗が背中を伝う。
「木の上からぴょーんって飛んで、まるで忍者みたいな見事な身のこなしだったよね。あ、さすがに令和の時代に忍者なんていないか」
そう言って、あはははと笑う和田さん。
「そうですよー。なにかの見間違いですってばー」
わたしもあはははと無理やり笑って返す。
「それにしても、あれだけの大事故だったのに、ケガがなくて本当によかったねえ」
「で、ですよねー。わたし、昔から運だけはいいんですよー」
悪い人ではなさそうだけど……なにを考えているのかよくわからない感じで、ちょっと苦手なタイプかも。
「わ、わたしも、そろそろ帰りますね」
あんまり長くしゃべっていると、なにかボロが出てしまいそうだ。
「気をつけて帰るんだよ」
「はい、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、校門を出ようとしたそのとき——。
「待って、望月さん!」
わたしの名前を呼ぶ声に振り向くと、星山さんが小走りでやってくるのが見えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………ねえ、今日時間ある? ちょっと付き合ってほしいんだけど」
わたしの目の前まで来ると、星山さんがキラキラした瞳をわたしに向ける。
今度こそ『アレ』に違いない。
けど、その場しのぎで逃げたところで、星山さんとは毎日顔を合わせなくちゃいけないんだもんね。
「わかりました」
神妙にうなずくわたし。
時間外とはいえ、これも任務のため。
どんな展開が待っていようとも、南条くんの彼女役、精一杯務めさせていただきます。
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