アナザーサイド
Side ナブ 1
通っていた私立の有名幼稚園は半年で不登園になった。
理由はいじめだ。当時の僕は、小柄で体も弱く、そしてなにより気が弱かった。
今思えば、いじめというより、軽いからかいのようなものだったと思うのだけれど、体の弱い一人息子として親からデロンデロンに甘やかされて育った僕にとってはとてもつらいものだった。
幼稚園に通えなくなった僕を、両親は自宅近くの公立の幼稚園に転園させることにした。
そこで僕は、あの兄妹に会った。
登園初日、指定された幼稚園バス乗り場に行くと、そこに同じ園児服を着た男の子と女の子がいた。
男の子が、僕を見るなり、あー! と指を指してきた。
またいじめられるのかと、とっさに隣りにいる母の陰に隠れた。
「お兄ちゃん、まずはあいさつでしょう」男の子の隣りにいる女の子がたしなめた。どうやら兄妹らしい。
男の子はハッとしたように、僕と母に向かって、おはようございますと頭を下げた。
隣の妹も一緒にあいさつをする。
「ほら、学もあいさつなさい」
母は、自分の後ろに隠れている僕を強引に前に出し、僕の頭を押さえつけてあいさつさせた。
「学くんかぁ。俺、翔太。
隣の妹がペコリと頭を下げた。
「俺、幼稚園に詳しいから、幼稚園についたら俺が案内してやるよ」
得意げに話す翔くんに、母はとても喜んでいた。
幼稚園バスに乗り込むと、翔太くんは僕の隣に座り、幼稚園のことをいろいろ話してくれた。
そんな彼に僕は親近感を持ち始めた。
幼稚園の休み時間になると、翔太くんが一緒に遊ぼうと誘いに来てくれた。
男の子たちでおにごっこをするらしい。
前の幼稚園では一人でいることが多かったせいで、遊びに誘われてもよくわからずキョトンとしていたら、翔太くんが僕の手を使って、ほら、と皆のところに連れて行った。
よくわからないまま参加したおにごっこはとても楽しかった。でも、途中で息が切れて苦しくなってきた。
体が弱いのだから無理しないように、と母から言われていたのを思い出したけど、ここで抜けたら、翔太くんたちに嫌われるんじゃないかと考えてしまって言い出せずにいた。
息が切れてゼーゼーするのをバレないように隠していると、ふと、横に満花ちゃんが立っていることに気付いた。
「お兄ちゃん、次は私が学くんと遊ぶ番だよ」
翔太くんにそう声を掛けると、僕の手を繋いで連れて行こうとする。
もしかしたら、僕の顔色は悪かったのかもしれない。
翔太くんは、僕を見て驚いた表情を浮かべると、僕たちのところに走ってきた。
「学くん、具合悪い? 気づかなくてごめんね」
そう言って、僕たちと一緒に歩きだした。
翔太くんの後ろでは、おにごっこを中断した友だちが翔太くんを待っている。
あの子たちに嫌われるかも、と怖かったけど、せっかく心配してくれる翔太くんにも嫌われたくない。
どうしよう、と思っていたら、満花ちゃんが
「お兄ちゃん、学くんは私と遊ぶんだから、お兄ちゃんはおにごっこ続けていいよ」
翔太くんは、僕と満花ちゃんを交互に見て、小さく頷くと
「わかった!」と言って、男の子たちとのおにごっこに戻っていった。
僕は安心して、思わず満花ちゃんの手を強く握った。
「絵本もたくさんあるんだよ。一緒に絵本を読もうよ」
満花ちゃんが笑って言ってくれた。
その時にはもう、息は苦しくなくなっていた。
思えばこの兄妹の性格は、この頃にはもう出来上がっていたんだと思う。
新しい幼稚園は楽しかった。
翔くんは本当のお兄ちゃんみたいだったし、チカは僕が辛いとき、気がつけば近くにいて助けてくれた。
翔くんから、学くんは俺の弟だからと〝ナブ〟というあだ名をつけてもらって、それにチカがお揃いと喜んでくれた時も、さらに仲良くなったようで、すごく嬉しかった。
小学校に上がっても、兄妹は変わらなかった。
翔くんはみんなを誘って一緒に遊んでいて、その輪にうまく入れずにいる子の近くにチカはいた。
この兄妹の凄いところは、お互いにそれを無意識でやっていることだ。
翔くんは、ただ自分は友達と遊んでいるだけなのにチカはすごいなと思っているし、チカは、ただ自分は近くにいる人と話をしているだけなのにお兄ちゃんはすごいな、と思っている。
中学に入ってもそれは変わらなかった。
その頃には、もう僕はチカのことが好きで、翔くんにもその気持はバレていた。
「あいつは恋愛ごとには疎いからなあ。はっきり言わないと多分一生気づかないぞ」
そのセリフ、チカも翔くんだけには言われたくないと思う。
「恋愛は俺もよくわからんけど、一番大事なのはチカの気持ちだと思う。だから、俺が動いてチカの気持ちをナブに向かせるというのは違うと思うんだ。だから俺は何もしない。でも、ナブががんばっていることにはちゃんと応援する」
色恋が苦手な翔くんが一生懸命考えた結論がうれしかった。
だけど僕は、チカに告白をするつもりは全く無くて、それはチカが僕のことをそういう対象で見ていないことが明らかだったし、もし告白をして断られたとき、この関係が終わってしまうことを何より恐れたからだ。
チカは色恋にはさほど興味を示さなかったので安心していた。中学時代までは。
高校に入ったら、チカの周りを男子生徒がうろつくようになった。
しかも、イケメンで女子生徒からの人気が高い学校の有名人と呼ばれる人たちだ。
一人でも嫌なのに、三人も。しかも全員、各学年の一番人気と噂される男子だ。
翔くんの友達だと聞いたけど、チカに関わってくる理由がわからない。
相手が有名人でも、今まで通りチカは変わらないだろうと思っていた。
ところがチカは、間宮先輩と折原先輩に、自分が怪我をしたときのことを話していた。
あのときは、翔くんと僕が心配のあまり病室で大泣きしてしまい、チカを困らせてしまった。そのせいか、チカは怪我のことをあまり他人には話したがらない。だから、二人に怪我のことを話したときは驚いた。
今までとは、何かが変わってきているのかもしれない。
チカにそれとなく訊くと、なぜかチカは慌てて、
「お兄ちゃんは、あの人たちは友達だと言ってたから」
と取り繕うように言われた。
会話が噛み合っていない。チカはなにか勘違いをしているような気がする。
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