エピローグ

 一ヶ月も過ぎると、元攻略者たちも落ち着いたようで、表面上はいつもとかわらない生活だ。


 間宮先輩は、よく家に来るようになった。

兄と二人で夕食の準備をしてくれることもある。間宮先輩は料理をしたことがほとんどなかったそうで、意外と料理上手な兄と楽しそうに料理をしている姿は微笑ましい。兄は、いつもは教わるばかりの間宮先輩に教えることが嬉しいらしい。

そのうち、私を審査員にして兄と間宮先輩で料理対決をしたいと言っているが、迷惑でしかないので止めて欲しい。


 折原先輩は、兄とは仲の良い友人のままだ。私は詳しい事情は知らないが、おそらく折原先輩は兄に気持ちを伝えていないと思う。

ある日、兄の教室までお弁当を届けに行くと、教室前の廊下で、兄と折原先輩が仲よさげに話をしていた。

すると、兄が手に持っていたスマホがピロンと鳴った。メッセージが来たらしい。兄のはにかむような笑顔でそれが間宮先輩からだとわかる。

兄はスマホを指さしながら、なにかを折原先輩に話しかける。そんな兄はとても幸せそうだ。

そしてそんな兄をすこし寂しそうに見つめる折原先輩。


折原先輩が選んだ道なら私がとやかく言うべきではないのはわかっているけど、何も知らず無神経な兄にイラッとして、兄に近づき思わず兄の頬をつねった。

「いてっ! いきなり何すんだよ!」

「……蚊」

「いや、こんなところに蚊はいないだろ」

「あ、ここにも」

もう一度頬をつねる。今度はすこし強めに。

折原先輩はぷはっと笑うと、私の真似をして兄の頬をつねる。

「ホントだ。蚊がいる」

「折原先輩、その蚊大きいですから、強くつねらないと。もっとこう、ひねるように」

「いてっ! いてっ! なんだよ二人して」

「だから蚊だってば」

私と折原先輩が同時に答える。

「なんだよ、もう」

兄が不満げな顔で自身の頬をさする。兄の手に握られたスマホ画面からハートの絵文字がチラリと見え、それにまたイラッとする。

「あ、また蚊……」

兄が大げさに避ける。

兄の背後から、折原先輩が笑いながら兄の両頬を同時にムギュっとつまむ。

「妹ちゃん、蚊はいなくなったみたい」

「そうですか。それならよかったです。じゃあ教室に帰ります」

折原先輩にだけ挨拶をして、兄に無言でお弁当を押し付けさっさと帰る。

廊下を曲がる直前に振り返ると、抗議している兄とそれを笑ってかわしている折原先輩が見えた。折原先輩の顔はさっきよりだいぶ明るくなった気がした。



 菜月君は、部活に集中しているらしい。中性的な美少年といった外見は体を鍛えたことで精悍さが増し、背も伸びてきたようで、女子の人気がますます上がっている。

あいかわらず無口で無表情だけど、新しい席は佐山さんと近く、時々、佐山さんのツッコむ声が聞こえてくるし、城田くんとはあいかわらず仲が良いようで、彼のつながりで新しい友人も増えているようだ。

私は席は離れたけど、私の席が教室入口に近いせいか、通りすがりに話しかけてくれる。

兄とはチームメイトとして上手くやっているとのことだ。



 みんなそれぞれ吹っ切れて頑張っているようでよかった。……一人を除いて。


「チカ、今度の休み、みんなで新作サメ映画を見に行かないか?」

なんで、ナブは未だに私に声をかけてくるのか。

いや、以前と対応がまったく変わらないのは喜ばしいことだけど、私が兄と間宮先輩といっしょにいるときに誘ってくるのはさすがに心配になる。



フォローをお願いしていたが、間宮先輩にも漏れというものがあるのか。

兄とナブが話をしているスキに、間宮先輩にこそっと問いかけると、不思議そうな顔を私に向けた。


「え? 彼は……」


「間宮先輩でも、うっかりすることあるんですね」

私がクスクス笑うと、間宮先輩は困惑の表情を浮かべたが、すぐに

「ああそうか、まだ気付いてなかったのか。そうだよね、君は翔太の妹だもんね」

間宮先輩は妙に納得したような顔をしたけど、私は先輩の言っている意味がよくわからなかった。


「それなら、四人で映画を見に行こう」

「は?」

「うん、それがいい」

「ダメですよ。そんなことしたらナブがかわいそうじゃないですか」

慌てて小声で反対する。


「チカちゃんに全く気持ちが伝わっていない今の現状が一番かわいそうだよ」

「え? 今何か言いましたか?」

間宮先輩のつぶやきが聞き取れず、私が訊き返すと、

「じゃあ、チカ、四人で行こう」

ナブが私と間宮先輩の間に入ってきた。

「ナブがいいのなら。ほんと、ナブもサメ映画好きだよねぇ」


私とナブが話し始めると、兄が間宮先輩に小声で話しかけた。

「チカ、すごいだろ。ナブの気持ちに全く気づいてないんだぞ」

「ナブくんがチカちゃんを好きなことは見てればわかったけど、ここまでチカちゃんが気づかないとは思わなかったな。翔太はナブくんの恋路を応援しなくていいのか?」

「ナブががんばっていて手助けを求められたらするけど、俺から動くことはしない。俺が動いて二人をくっつけるのは違うと思うんだよ。決めるのはチカだから。ナブにはそう話をしてある」

二人が哀れみを帯びた目で視線を向けると、ナブはその視線に気付いて気まずそうな顔をする。

「チカはさあ、自分ではしっかり者だと思っているけど、けっこう抜けてんだよ。だから兄としては心配で心配で」

「……君たちは、ほんと、兄妹だよなあ」

二人がそんな会話をしていたことを私は知らなかった。



そして、もう一つ。

キミボエをプレイしていない私は大きな勘違いをしていた。

BL恋愛ゲーム、キミボエ。正式タイトル〝君は僕のエターナル〟の攻略対象者は、間宮先輩、折原先輩、そして菜月くんだけで、ナブはゲームに登場すらしないのだ。

でも、その間違いに私が気付くことはなかった。



    【 完 】



本編終了です。

お読みいただきありがとうございました。


次回からアナザーサイドに入ります。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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