10

それからしばらくしたある日、私が家に帰ると、兄と間宮先輩が私を待っていた。

不安そうに私を見つめる兄と余裕のある笑みを見せる先輩。

兄は私に何か言いたそうにもじもじしている。


その様子で理解した私は、ああ、と小さく頷いた。

「ようやく、くっついたんですか」


驚く兄と、黙って頷く先輩。

「君にも世話になったね」

やはり先輩は気づいていたらしい。

「私はたいしたことはしていませんよ。最後に選ぶのは兄だと思っていましたから」


間宮先輩は、君にはちゃんと話しておかなければいけないと思っていたんだけど、と前置きをして話を続けた。

「もしかしたら、君は俺たちが君を利用したと思っているかもしれないけど、まあ、ちょっとはそういう気持ちがあったことは否定できないけど、俺たちはただ、翔太が大切にしている妹さんと話がしたかっただけだったし、実際話をしてみて、俺も翔太と同じように大事にしたいと思っただけだよ」

間宮先輩はそこまで言って少し気まずそうな顔をして

「でも俺、距離感近すぎて、迷惑かけてしまったよね。本当にごめん」

女子生徒に囲まれたとき、そこにいた人たちはほとんどが間宮先輩のファンのようだった。


「いえ、大丈夫です。わかってます」

最初、攻略対象者たちが私に話しかけてきたとき、私は彼らは私を兄と距離を縮めるために利用するのだろうと考えていた。

だけど、実際付き合っていくと、彼らは私を妹としてだけではなくちゃんと一個人として相手をしてくれていた。


私のことを、妹と呼ぶのは、私を〝兄の妹〟とだけしか見ていないのではなく、そう周囲に思わせることで、私を彼らのファンから守っていたのだと気付いたのだ。


これに気付いたのは、友人からの一言だ。

「先輩たち、何でチカだけはかたくなに、〝妹〟呼びなんだろ。他の友人の妹とかはみんな名字とか名前で呼んでて、妹呼びしているのはチカだけだよね」

そう言われればそうだ。サポートキャラという身分なので、妹呼びをされてもなんとも思わず、それどころかそれが当たり前だと思っていた。


その後、私が、女子のみなさんから呼び出しを受けたとき、そうか、あの呼び方は私のためだったのか、と気付いたのだ。

そういえば、周囲に誰もいないときは、ちゃんと名前で呼んでくれていた。


間宮先輩は、俺たちと言っていた。

つまりは、おそらく間宮先輩たちは協力して私の身辺にも気をつけてくれていたのだ。むしろ私がサポートされていたらしい。


兄は確かに鈍感だけど、私が何もしなくてもみんなと仲良くなっていたし、時間がかかっても最後はちゃんと誰かを選んでいただろう。

サポートキャラになろうなんて、私はずいぶんと失礼なことを考えたもんだ。



「え? え?」


兄はいまだにわかっていないらしい。

私はため息を付いた。


「兄がポンコツなので、妹としては将来が心配だったのですが、間宮先輩がそばにいてくれたら安心です」

「え? 何? ポンコツ?」

「先輩、後のフォローもお願いしますね。兄はまだわかってないようなので」

「ああ、任せてくれ」

間宮先輩は兄の肩を抱いて、不敵に笑った。

「ちょ、やめて! チカの前では!」

兄は肩に回った腕を一生懸命に振りほどこうとしている。

嬉しいような恥ずかしいような、そんな兄の顔は初めて見た。


その様子を私は、目を細めて鑑賞する。

眩しくて目を開けていられないのだ。

ああ、ゆっちゃん、君の気持ちが今ならよくわかる。……これは、至高だ。



 間宮先輩の仕事は早かったようで、翌日には、折原先輩に声をかけられた。


「いろいろありがとね。俺、妹ちゃんのことこれでも結構気に入ってたんだよ。じゃあまたね、ミチカちゃん」

折原先輩は、私の頭をくしゃくしゃした後に手ぐしできれいに揃えて、少しさみしそうに笑って去っていった。


兄と間宮先輩、そして折原先輩の間でどういう決着が着いたのかは私は知らない。

でも、兄と折原先輩がその後も変わらず良き友人として一緒にいるのを見るので、それが折原先輩が選んだ結末なのだろうと思っている。

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