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 その日から、私は馬としての役割を全うすることにした。


といっても大したことはしていない。攻略者が私に何かしてくれたら、それを兄にも話すようにしただけだ。

お世話になったからお兄ちゃんからもお礼を言っておいてほしいと伝えると、義理堅い兄はちゃんと約束を守ってお礼を言ったり、私の代わりにいろいろ恩返しをしてあげていたりしているらしい。


 雨の日、私が傘がなくて困っていると間宮先輩が傘を貸してくれた。

間宮先輩から傘を借りたことが他の女子生徒にバレると大変なことになるので断ると、「君が風邪をひくと、お兄さんがまた大騒ぎする」と、半ば無理矢理に私に傘を押し付けた。

「私が間宮先輩から傘を借りたとなると女子生徒からいらぬ誤解を招くので、返却は兄からさせますね」

というと、少し驚いたような顔をして「そんなこと気にしなくても大丈夫だと思うけど……。でも、誰が返してもいいよ」

兄からは、チカが借りたんだから自分で返しなさいと叱られたが、私から返すところを他の女子生徒に見られると大変だから説明すると(実際、大変なのだ)、納得して請け負ってくれた。兄はお礼として、生徒会の仕事を手伝ったそうだ。


 参考書を探しに書店に行ったら、間宮先輩と偶然会った。挨拶だけして去ろうとしたのに、なぜか間宮先輩がついてきた。

参考書を探すのにもアドバイスをくれ、結局、後日、間宮先輩のお古の参考書をもらえることになった。間宮先輩のお古の参考書なんて、女子生徒だけでなく男子生徒からも恨まれそうなので、参考書は兄を経由して受け取ったが、なぜか三冊もあった。

他にも良い参考書が見つかったからよかったらもらって、とのことなのでありがたく頂戴した。ちなみに兄も参考書を押し付けられたらしい。

間宮先輩は意外と世話好きだ。兄が言うには、気を許した相手にはそういうところがあるらしい。

そうか、気を許してくれたのか、と少し嬉しかった。


 兄の教室にお弁当を届けに行くと、折原先輩が廊下でキラキラしたいわゆる一軍女子を侍らせて楽しそうにしているのによく会う。おそらく教室内だと邪魔になるからわざと廊下に移動しているんだと思う。

私が行くと、いつも声をかけてくれて、お弁当を預かってくれる。

最初の頃は「ねえ、こんな地味な子にも手を出すの? 女なら手当たり次第に手を出すのをやめなさいよぅ」

と周囲の女子に牽制するように睨まれることもあったけど、その都度折原先輩が、

「この子は翔太の妹だよ。あいつシスコンだから、手を出したら殺される」と笑って説明をしてくれる。

だから君らもいじわるしちゃだめだよ、と優しく言うと、周囲の女子は、やだ、そんなことしないわよーとかわいらしく返事をしていた。



 委員会で帰りが遅くなったときは、折原先輩が家まで送ってくれた。

暗くなったから帰る方向が同じ者同士まとまって帰ろうと提案され、女子だけだった私たちの集団に折原先輩がついて来てくれた。

順々に送って、最後は私と折原先輩だけになり、最後まで付き合ってもらったから家まで送るよ、と言ってくれた。

その間、なにか困っていることないかとかやたらと私を心配してくれていた。別に何もないというと、

「本当に? あの人ウザイなーとか、距離感考えてほしいなーとかない?」

「ウザい?」

誰か特定の人物のことを言っているような気がするけど誰のことかはわからない。私は首をかしげた。

「ごめんごめん。ないならそれでいいんだ。だけど、なにかあったら絶対俺に言ってね」

と約束させられた。もしかしたら過去にそういうことがあったのかもしれない。


 家の前で帰ろうとする先輩を私は引き止め、家の中にいた兄を呼び出して「住宅街で道が分かりづらいから、大通りまで案内してあげて」とお願いした。兄は私を送ってくれた折原先輩に感謝をして、よっしゃよっしゃと折原先輩と並んで歩いていった。

兄の隣で嬉しそうにしながらも、家の前で見送る私を振り返り、手を降ってくれることも忘れない。これはモテるのがわかる。


折原先輩は気遣いの人だと思う。モテるのは顔がいいということもあるけど、それ以上に周囲に対して気遣いができることが大きいと思う。自分がモテるのをわかっているので、女性に対しては平等だ。特定の一人を決めず、来る者拒まず去る者追わず。

キラキラ一軍女子たちもそれをわかって一緒にいる。

折原先輩を見ていると、モテ続けるというのもひとつの才能なんだろうな、と思う。





 菜月くんは、普段は無口で無表情だ。教室内でもほとんどしゃべらず、一人でいることが多い。

私のような普通の人間なら、周囲から、ボッチと陰口を叩かれるが、彼のようなイケメンなサッカー部エースともなると、一匹狼や孤高と呼ばれ、クールでかっこいいと、皆が遠巻きに見ている。


 教室で、兄用の大きいお弁当を机の上に置いていたら、隣の席に座っていた菜月くんに声をかけられた。

「それ、先輩にもっていくお弁当?」

「そう。……もしかして、兄に用事でもある? それならコレもお願いしたいんだけど」

「用事は別に……。でもいいや、持って行く」

とお弁当を受け取って教室を出ていった。

しばらくして戻って来た彼にお礼をいう。

「ありがとう。兄に会えた?」

「うん。会えた」

無表情な彼の口元が少し緩んだのを、私は見逃さなかった。


 菜月くんとは、それから会話をするようになった。

といっても、今まで隣の席でもほとんど会話らしい会話をしていなかったのが、多少の世間話をする程度だ。


 ある日、授業開始のチャイムの後、教師が来るまで菜月くんと雑談をしていた。

二人でとりとめのない話をしていたら、私の前の席の佐山さんが、突然振り返り

「もう限界。ツッコませて。ネコえもんのえはひらがなだって! えの点の部分が鈴になっているでしょうが!」

突然のことに、私と菜月くんが揃って固まった。

佐山さんは、やばいといった顔をして、違うという風に私達の前で両手を振った。

「ご、ごめん。話を聞くつもりは無かったんだけど聞こえてきちゃって……。えがカタカナだって二人の話が落ち着きそうだったから、いても立ってもいられず……」

それを聞いて私と菜月くんは、ハッとした顔をした。

「そうだ! 鈴になってた! ありがとう!」菜月くんと思い出せないとモヤモヤしていたことが解消して、思わず佐山さんの手を握った。

「2+1エモンに引っ張られすぎてたな、俺たち」菜月くんの無表情のつぶやきに、私は、あれに騙されたねと大きく頷いた。


すると、今度は、菜月くんの前の席の城田くんが、ブハッと吹き出して振り返った。

「いやー、俺もいつツッコもうか悩んでたから、先に佐山さんがツッコんでくれて助かったわ。しかも2+1エモンって」

「こないだサブスクで見たんだよ」菜月くんは気を悪くするふうもなくあいかわらず無表情だ。

佐山さんは、2+1エモンを知らないようで不思議そうな顔をしている。


「ただの雑談だから遠慮なくツッコんでくれてよかったのに」

「いや、でもねえ……」佐山さんは菜月くんをチラリと見る。


「菜月くんは、結構話しやすいよ」

私がそう言うと、城田くんが

「俺、前の席だから二人の会話聞こえてくるけど、ほんとどうでもいい会話してるよな。菜月がそんなキャラだったなんて知らなかったよ」

「この前の、揚げだし豆腐はヘルシーか、という話の時は、私こっそりスマホでカロリー調べてたもん」

佐川さんも笑って同調する。

「いやだって、ヘルシー代表の豆腐と高カロリー代表の揚げ物の組み合わせだよ?」

「プラマイゼロになるかと思ってたら違ってたな」菜月くんがぼそっと言う。

「なるわけないでしょうが」佐山さんがツッコんだ。見ていて惚れ惚れするほどの良いツッコミだった。


そこで、先生が教室に来たので、雑談は終了したが、それ以降、授業の合間は四人で話をすることが増えた。

菜月くんは、いつも一人で行動することが多かったけど、気がつけば、城田くんと一緒に行動するようになっていった。


友人と行動する菜月くんは、あいかわらず無表情だけど少しうれしそうで、そういえば、兄が菜月くんは実は寂しがり屋だ、と言っていたことを思い出した。

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