5
週明けの月曜日、学校に行こうと家を出ると、ちょうどナブに会った。
あいさつもそこそこに、体調はどう? と心配してくれた。
「もう大丈夫。いろいろありがとう」
とお礼をいうと、ホッとしたような笑顔を見せた。
そしてすぐに周囲を見渡す。
「翔くんは?」
ナブの質問に、私は確信をする。
やはりナブは兄が気になるのだろう。さすが攻略対象者。
「サッカー部の朝練。練習試合が近いんだって」
「へー。翔君、がんばってるんだなあ」
そうそう、ナブは兄をいつもすごいすごいと褒めてるしね、うんうんと私は頷く。
改めて思い返してみると、ナブは小さい頃から私以上に兄を慕っていた。
小さい頃のナブは小柄で体が弱かったせいか、いじめられることもよくあった。でもそのたびに兄がナブの前に立って守っていたし、引っ込み思案なナブを引っ張り回し、男の子同士の遊びにも付き合わせていた。
そりゃ兄に惚れるのも仕方がないよなあ、心の中で納得して頷く私を、ナブが不思議そうな顔で見ていた。
学校に到着してナブと別れると、間宮先輩に会った。
お礼を言わなきゃと思っていたから、ちょうど良かった。先日のお礼を言うと、私の体調を気遣ってくれた。
「兄妹揃ってお騒がせしてすみません。兄はどうも心配性で」というと、間宮先輩は学校中の女子生徒を魅了する美しい笑みを浮かべた。
「妹さんをかわいがっているのは知っていたから問題ないよ。でも思った以上にシスコンだったね」とあのときの兄を思い出したようで苦笑していた。
別れ際、お大事に、と鉄分キャンディをもらった。
教室に入り、自分の席にカバンを置くと、隣から視線を感じてそちらを見る。
視線をよこしたのは、菜月君だ。実は同じクラスの隣の席なのだ。とはいえ、菜月くんは無口で無表情なので、いつも会話は最低限だ。
さっそく先日のお礼を言う。
「いや、俺何もしてないよ」
ボソボソと感情の読み取れない声で話すのが菜月くんだ。
「兄の伝言頼まれてたでしょ。そして何より兄があんなのでごめん」
「常磐先輩のシスコンは部内でも有名だから、別に……」
「え? お兄ちゃん、サッカー部でも私のこと話してるの?」
私が食い気味で聞き返すと、菜月くんは驚いたように目を見開いた。
「え? まあ、妹が可愛いとか、お弁当作ってくれるとかそんなの」
「うわあああああ」恥ずかしすぎて変な声が出た。赤面して両手で顔を覆う。
「菜月くん悪いけど、次にサッカー部で私のことを話していたら、全力で兄を止めて。殴ってでも止めて」
憔悴した顔で言うと、菜月くんは、可哀想なものを見るかのような顔で頷いてくれた。
始業までまだ時間があるので、お弁当を持って兄の教室に向かう。
兄の教室の前で、折原先輩が声をかけてきた。
「おはよう、妹ちゃん、体調はどう?」
「おはようございます。先日はご迷惑をおかけしてすみませんでした。お陰様で体調は戻りました」
「そう、よかったね。ところで二年の教室に何か用? 翔太?」
「ええ、でも見当たらないので……。すみませんが、このお弁当を兄に渡してもらえますか」
「弁当?」
「ええ、朝練で朝早く家を出たので、お弁当間に合わなかったんです」
へえ、と物珍しそうにお弁当を受け取ってくれた。
「兄貴に会わなくていいの?」
「兄に会うとめんどくさくなるので……」
「ああ、確かに」
そこで遠くから私の名を呼ぶ兄らしき声が聞こえてきた。
「あ、やば……、そ、それじゃあ、すみません。教室戻ります」
兄の声とは逆方向に向かって全力で逃げた。背後から折原先輩の、妹ちゃん早く逃げろと楽しそうに言う声が聞こえてきた。
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