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私が前世の記憶を思い出したきっかけは、攻略対象の一人である間宮先輩に声をかけられたこと。
その前までは、ゲームのことも、彼が攻略対象者であることももちろん思い出せていなかったけど、間宮先輩のことは知っていた。
成績優秀で容姿端麗な生徒会長。この高校に通っていて知らない人はいない有名人だ。
高校入学式の日、在校生代表として挨拶をした間宮先輩のイケメンっぷりに、新入学生だけでなく保護者までが色めき立ったことは忘れられない。
そんな有名人なので、平凡な私はもちろん面識などない。
間宮先輩を見かけたら邪魔をせず遠くから黙って鑑賞する、というのがこの高校に在籍する一般女子生徒の嗜みなので、私もそれに倣っている。
学年が違うので校内といえども見かけることはあまりなく、一年生の間では、見かけたら良いことがあるとさえ言われている。もはやラッキーアイテム状態だ。
「
金曜日の放課後、私が家に帰るべく一人で廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、目の前には今まで遠くからでしか見たことのない生徒会長、間宮先輩がいた。
初めて間近で目を合わせたとき、私は思った。
あれ、この人どこかで見たことがある。
その瞬間、頭の中に見たことのない映像が流れ込んできた。それと同時に脳内で、知らない女性の声によるマシンガントークが始まった。早口なうえに途切れ途切れなので内容は聞き取れない。
突然の出来事に体がついていけず思わずよろけると、間宮先輩が慌てて体を支えてくれた。
「大丈夫? 顔が真っ青だよ。保健室に行こう」
そのままお姫様抱っこをされた。
「え? いえ! 自分で歩けるので! 大丈夫です!」
頭はフラフラだけど、お姫様抱っこなんて恥ずかしすぎるので全力で拒否すると
「体調が悪いときは、無理をしないほうがいい」
気遣うような視線を私に向けてくる。そんな顔もイケメンだ。
「それに、君と一度話をしてみたかったんだ」
「え?」
驚く私に、はにかむような笑顔を私に向けてきた。
間宮先輩と私は間違いなく初対面だ。いや、遠くから見かけたことは何度かある。
でも、挨拶はもちろん、すれ違ったことも、なんなら半径10メートル以内に近寄ったことすら一度もない。私の存在なんて知らないだろうと思っていた人だ。
なんでだ。なんで私の名前を知っている? なんで私にそんな笑顔を向けてくる? しかも私と話したい?
これだけでも訳がわからないのに、ダメ押しのお姫様だっこだ。
いよいよ頭の中が混乱をしてしまい、結局、放心状態のまま保健室までお姫様抱っこで運ばれることになった。
保健室に着くと、優しくベッドに座らされた。保健室には誰もいない。保健医も留守らしい。
「保健医を探してくるよ。横になって待ってて」
私が頷いたのを確認すると、先輩は安心させるかのように私の頭を軽くポンポン叩くと、保健室を出ていった。
一人になると、私はおとなしくベッドに横になった。
頭をポンポンされちゃったよ。
これはもしかして……、私、惚れられている? この天下無双のイケメンに?
と思ったが、それはないと思い至る。
心当たりがなさすぎる。
少女漫画では、地味で目立たない子がイケメンに惚れられるというのは王道ストーリーだけど、そんなシンデレラストーリーが私に降りかかるとは到底思えない。
なにより、本当に全く接点がないのだ。
じゃあこの状態は何なのだ、と自問自答をしていると、壁の向こうから廊下を走る音と何か叫び声が聞こえてきた。
その音はだんだん大きくなってきて、保健室の前に来るとドアが大きく開かれ、
「チカーーーーーー!」
と半泣きの男子生徒が入ってきた。兄である。
「チカが倒れたって間宮先輩に聞いて! 大丈夫か?」
兄は、私が寝ているベッドまで小走りで来ると、私の額に手を当てて熱があるか確認をした。
ここでようやく気付いた。
「もしかして、お兄ちゃんと間宮先輩って知り合いなの?」
「あれ? 言ったことなかったっけ? 友達だよ」
兄の友達だから私のことを知っていたのか、答えを聞けば簡単な話だ。この数十分に渡る苦悩を返してほしい。
「そんなことよりどうした? 朝は元気だったよな? もしかして朝から我慢してたのか?」
私を気遣う言葉を畳み掛けてくる。相変わらずな心配性っぷりだ。
「大丈夫だよ。ちょっとふらついただけ。もうなんともないよ」
私はゆるゆると上半身だけ体を起こす。
すると兄は慌てて「いいから寝てろ」と寝かそうとする。
「だから大丈夫だって」
「倒れたのに大丈夫なわけないだろ」
「倒れてないよ。ふらついただけだってば」
兄は私を寝かせることを諦め、代わりに起き上がった私の背中に枕を移動させ、姿勢を安定させようとする。
そんなことしなくても大丈夫なんだけどなあ、と思ったが、これが兄の妥協案なのだろうと思い黙った。
ノックと共にドアが開く音がして、間宮先輩が保健医といっしょに入ってきた。
「廊下は走らないように」保健医が兄を見て呆れたようにたしなめると、私のいるベッドまで近寄ってきた。
「ほら、お兄さん、妹さんを診るからちょっと離れて」
保健医の声に兄はほんの少しだけ横に避けたが、あいかわらず邪魔だ。
「ほら、もっと離れて」
保健医がイラついて、兄を手で払う仕草をした。
それを後ろから眺めていた間宮先輩が、兄を羽交い締めにして後ろまで引っ張っていった。
間宮先輩は頬を染め、うれしそうだ。
おや?
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