第一部:空を刻む石 第二章:二つの太陽
チチカカ湖の水面が、空と地の境界を曖昧にしていた。南岸の霧深き高地に、人々の記憶から忘れ去られた神殿があった。《カラ・シンタ》――「沈黙の語り部」と呼ばれるその場所は、かつてワリの最古の星読みたちが、星々と“話をした”場所だといわれていた。
アマルは、そこに導かれるように辿り着いた。
ワルナ・イリ師の勧めで一度都を離れ、星の声を「読む」ための旅に出てから数日。彼は祖母の村に立ち寄り、幼い頃に聞いた「夢を見る儀式」のことを思い出していた。
祖母は、彼の顔を見るなり微笑んで言った。
「お前は、星の中に入った顔をしている。もう“夜”が追いついてきたのだろう」
そして、アマルをカラ・シンタの石段へと導いた。
その夜、アマルは儀式に入った。香草の煙が満ちる中、彼は神殿中央の石の祭壇に横たわり、深い呼吸とともに意識を沈めていった。
やがて、視界が光に包まれる。
彼は空に立っていた。
夜と昼の境界に、太陽があった。いや、二つあった。
一つは黄金色に燃え、一つは白金に透き通っていた。それらは静かに並び、まるで会話するかのように震えていた。
大地が呻き、湖が歌う。
そして声が響いた。
「太陽が二度昇るとき、この地に語る者が還る」
アマルはその言葉を、聞いたのではなく、受け取った。
目を開くと、祖母が静かにそばに座っていた。
「夢を見たのだね」
アマルはうなずいた。
「太陽が……二つ、昇っていました」
祖母は静かに石の棚から一枚の石板を取り出した。それは掌ほどの大きさで、滑らかに磨かれ、中央に渦巻きのような模様が彫られていた。
「これは《震える石板》。昔、この村の語り部が残したものよ」
アマルがそっと手を触れると、
石板が、震えた。
それは金属の共鳴音ではなかった。
**“記憶が目を覚ます音”**だった。
彼の指先から、視界の端に、アマル自身ではない誰かの記憶が流れ込んでくる。石を彫る手。語りを聞く子。星を数える声。
すべては断片で、しかし確かに“誰かが残したもの”だった。
祖母はそっと語った。
「この石は“読むもの”ではない。“感じるもの”だよ。
お前の中にあるものと、これの中にあるものが、重なるとき――
記憶が、再び歩き始める。」
アマルは震える手で、石板を胸に抱いた。
星はただの光ではない。
それは、語られるべき記憶の灯火なのだ。
彼はその夜、星を見上げた。
そして、知った。
この空は、語りを待っているのだと。
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