アンデスの星を追う者たち
@marufuku2001
第一部:空を刻む石 第一章:星を量る者
風が高地の乾いた岩肌をなぞるように吹いていた。ワリの都は、空と地が接する場所に築かれた文明の中枢だった。標高三千を超えるこの大地では、星が地面に降りてくる。夜空は近く、星々はただ光るのではなく、語っていた。
彼の手には観測記録用の葦筆、足元には巨大な黒石の観測盤が広がっている。その盤には星々の運行を記録するための無数の窪みと、季節の線が刻まれていた。
アマルはまだ修行中の「カパック・アマル」――星を量り、読み、記録する役目を持つ者の卵である。
その日の観測は異常だった。
金星が、プレアデス星団に異様な近さで接近していた。
「……そんなはずはない。先祖の盤では、ここと、ここ……二指以上は離れていたはずだ」
彼は慎重に石盤をなぞり、測角を確認した。手にした測定棒がカタカタと震える。
光角は、確かに接触の寸前。天文盤の刻印と合わない。星の運行自体がずれている。
その瞬間、背後から低く重い声が響いた。
「感じたか、アマル」
師匠――ワルナ・イリが、杖をついて現れた。白髪を肩に垂らし、片眼は曇りながらも、もう片方の眼だけで星の運行を読み切ると噂される老星官である。
アマルは振り向き、緊張を隠せない声で言った。
「師よ。金星とプレアデスが……接触軌道に入りました。観測史にない角度です」
ワルナ・イリは黙って石盤に手を置き、指先で微かに振動する盤面を感じ取った。
「それは星がずれたのではない。空そのものが、語りかけているのだ」
アマルはその意味を理解できずに眉をひそめた。
「記録には……この異常をどう書き残せば」
ワルナは、風の音を聞くように目を閉じた後、静かに言った。
「星は刻むものではない。読むものだ」
「読む……?」
「刻めばそれは過去になる。だが読むとは、今を生きるということだ。星の言葉を記録しようとするな。おまえ自身がその声を語れ」
その夜、アマルは眠りの中で不思議な夢を見た。
夜の空に、二つの太陽が昇っていた。
大地が呼吸し、山が歌い、星々が次々と沈黙する夢だった。
その中で、彼はひとつの声を聞いた。
「語れ。語らなければ、記憶は沈む」
目覚めたアマルは、自らの手のひらを見つめた。
その掌は震えていた。
観測の筆は、記録のためのものではない。
語りの火を絶やさぬための道具なのだと、初めて気づいた。
そして彼は筆を取り、星を量るのではなく――
語り始めた。
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