第2話
翌日。私は意気揚々と学校へ向かう。決して偽とはいえ恋人ができたから浮かれているわけじゃない。浮かれていること自体は否定するつもりはないが。恋人ができたからという生ぬるい理由ではない、ということだけははっきりとさせておきたい。
理由は単純明快、私の思い通りに話が進んでいるからだった。嘘の告白をされて、付き合わざるを得ない流れに持って行って、今日を迎えた。展開の主導権を今握っているのは私だ。煮るも、炙るも、焼くも、私のお好みにできる。それが現状。
教室に入ると、主に一軍女子。もうちょっと詳細に言うと、嘘告白を画策していた女子たちから熱視線を浴びる。もちろんその中には鈴木もいる。
ここで鈴木に絡むことも考えた。嘘告白だったと言えない以上、ここで付き合ってますと大っぴらにしても面白いかなと思った。だがしかし、それって私も結構困る。公の場で宣言してしまえば、適当に終わらせることは難しくなる。私とて、この歪な関係を生涯続ける気は毛頭ないし、というか続くのは困る。
一応一線は引く。
ただなにもしない。それはそれでつまらないなと思う。
私が困るのは嫌だけど、あの女子たちのことは困らせたい。
頬杖を突きながら、なにも書かれていない黒板を眺め、ぼーっと考える。どうしたものかなと。主導権を握っているからこそ、できることが多くて、適切なものが見えなくなってて悩む。
一度鈴木を見る。鈴木と目が合った。
とりあえず手を振ってみる。軽く、ひらひらと。小さな微笑みを添えて。
なんかいい。いい、いい、いい。みんなに内緒で付き合っているみたいだった。二人だけの秘密を共有しているよう。
背徳感? みたいなものが全身を駆け巡る。
鈴木は戸惑いの表情を浮かべる。
一瞬ぴくりと動いた右手であったが、周囲を見渡し、動いていた手をぴたりと止める。左手で腕を抑える。勝手に動かないように押さえつけるようであった。
思わずにやにやしてしまう。もちろんそんな表情を浮かべてしまえば、今まで私がやってきたことは意味がなくなる。水の泡となる。それは避けたい。なので、真顔を私の顔面に貼り付ける。
周りの一軍女子に対してはそこまで困らせるようなことはできなかったが、鈴木に対してはこれでもかというくらいに困らせることができた。それだけで結構満足だったりする。
休み時間。
二時間目と三時間目の間。十分間というあまりにも短い休み時間。それなのに鈴木はわざわざ私のもとへとやってきた。
次の授業の準備をしようと、机の中から教科書を取り出し、顔を上げる。
「山本」
周りを執拗に気にしながら私のもとへやってきた。
そこまで周囲の目が気になるのなら、わざわざこのタイミングで来なくてもいいのに。
「鈴木さん、なに?」
「ちょっと来て。旧校舎の二階。そこの渡り廊下進んだところにある女子トイレね。そこで待ってるから」
鈴木はそう告げるだけ告げて、すぐに私の前から姿を消す。
「桜~ッ! 今日の漢字の小テストの範囲の紙ある?」
「机の中に入ってるよ」
「一緒にしよーぜー、勉強」
「用事あるから、私はパス」
一軍女子に捕まった鈴木は振りほどくように、その場から逃げる。
どうやら今行かないといけないらしい。
黒板の上にある掛け時計をちらりと見る。まあ、無茶苦茶な時間というわけでもない。すぐに戻ってくると考えれば次の授業までには間に合うか。
なにするつもりなのかわからないが、私は鈴木の呼び出しに応じることにした。
指定された女子トイレへとやってきた。いつも使っている校舎のトイレと比べて、旧校舎のトイレは汚い。さびれているし、なによりもトイレ特有の臭いがこびり付いている。できれば使いたくない。
顔を顰めながら、トイレに入る。
そこには鈴木がいた。
臭いを和らげるためにトイレの窓は開いている。外から新鮮な風が吹き込み、鈴木の髪の毛を揺らす。
「私たち付き合ってるでしょ」
そう言う鈴木の顔は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「え、う、うん」
唐突かつ鈴木の表情。それらが相まって、少し動揺したような反応になってしまう。
「周りに知られるのは恥ずかしいし、その、秘密にしたいの。どうかな?」
鈴木の立場からすれば当然の要求であった。
そして、それは鈴木だけでなく私にとっても利のある提案である。
鈴木の思い通りになってしまう。それはあまり好ましいことではない。
だが、断るとそれはそれで面倒なことになる。
自暴自棄気味になった鈴木が後先考えずに、付き合っていることを公表するという可能性だってある。そうなった場合、私も困ることになる。
「うん。鈴木さんがそうしたいならそうしよ。私は鈴木さんのことが好きだから。鈴木さんが嫌な気持ちなまま付き合ってほしくない」
心にもないことを言う。
一ミリも思っていない。遊んでやるくらいしか思っていないのに。ぺらぺらとこれが言葉として出てくる私は相当悪女の才能があるのかもしれない。
「う、うん、ありがとう」
鈴木は困ったように笑っていた。
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