鈴木と嘘と山本と

皇冃皐月

第1話

 高校一年生の今にも雨が降りそうな日のことだった。

 クラスの陽キャ。一軍女子。カースト最上位。美人、才女、慈愛博愛女神。とにかく思い浮かんだ言葉を列挙してみる。とにかくそういう言葉が似合う。というか、そういう言葉しか似合わない。

 そんな同級生であり、クラスメイトでもある鈴木桜すずきさくらに呼び出しを食らった。新校舎と旧校舎の間にある人気のない場所を指定して。

 自称陰キャで冴えない私を呼び出す。普通に考えれば、虐められるという思考に至るのが普通だ。だが、私は知っていた。ウチのクラスの一軍女子内で「嘘告」をするという話を。偶々朝早く学校に来て、その話を廊下で聞いてしまっていた。ジャンケンをし負けた人が、クラスの中でも目立たつ、冴えない、面白みのない女である私に嘘告をするという話を。そしてジャンケンは繰り広げられ、敗者は鈴木となった。ジャンケンポンの一発で勝敗は決していた。六人くらいでジャンケンしていたのに、あいこや勝ち抜けなどを挟まずに、一人負けだった。正直同情した。


 まあそういうわけで、これから私は嘘の告白をされる。

 心構えができているので、気持ちとしてはそこまで辛くない。虐められるわけじゃないし、カツアゲされるわけでもない。もちろん暴力なんてもってのほか。

 それらをすべて知っているから緊張はしない。

 不安もない。

 悠々自適であった。


 余裕をぶっこいて待っていると、鈴木はやってきた。

 クラスカーストの最頂点に君臨しているだけあって、髪の毛の色は明るい。赤茶色に染められた髪の毛は、夕日に照らされ、より一層赤く輝く。胸下あたりまで伸びている髪の毛はそよ風に乗ってゆらゆらと揺れる。その風が私の鼻腔に鈴木の香りをほのかに届ける。香水のせいか、柔軟剤のせいか、はたまた鈴木自身が発しているのか。その辺の真偽は不明瞭であるが、鈴木からとてもいい香りがした。それだけは臆することなく、はっきりと断言できる。


 閑話休題。


 「ごめんね? 待ったよね」


 しんみりとして、ふんわりと口を開きにくい空気が漂う中、その空気を押し潰すように鈴木は口を開き、言葉を押し出す。喋りにくかった空気は一蹴された。綺麗に消えた。


 「いや、今来た――」


 そこまで言って口を噤む。

 なんとなくこういう時はこういうセリフを口にするのが正解なのだと思った。だがしかし、それじゃあ私は鈴木を始めとした一軍女子の玩具に成り下がる。いや、まあ、今既になっているだろうと指摘されればそれはぐうの音も出ないのだが。

 ただ掌で踊らされるというのはレベルが違った。

 それはあまりにも面白くない。

 完全な抵抗をする気はさらさらないが、彼女らの玩具に甘んじるつもりもない。ささやかながら抵抗はさせてもらう。


 「待った。めっちゃ待った」


 腕を組み、ドヤ顔。そして見下ろすように鈴木をみる。

 人としてはどうなのかと思う反応だが、これは彼女らが望んだ反応ではきっとない。そしてなによりも彼女らにとって面白い反応ではないはずだ。さらに間違ったことはなにも言っておらず、彼女らは怒ることさえできない。つまり私の完全勝利だった。


 「そっか、ごめんね。私が呼び出しておきながら待たせちゃって」


 鈴木はあろうことか、深々と謝る。

 まるで私が謝罪を強要したみたいになっている。少なくとも事情を知らない人間が傍から見ればそう見えるのだろう。


 「いや、頭。頭上げて。その、そこまでちゃんと謝罪されるのは……困る」

 「ふふ、じゃあお言葉に甘えて」


 鈴木はすぐに頭を上げた。

 私がそういうことを口にする。そこまで計算していたのだろうか。いや、さすがにそれはないと思うけど。ただ鈴木ならやりかけない。そう思う自分もいた。


 「それで用事は?」

 「そうだ。あのね、私実は山本のことが好きなの」


 私の苗字が飛び出し、名指しされ、告白される。

 でも驚くことはない。知っていたから。そしてこれが嘘告ということも。


 さて、どう料理するのが一番私にとって面白く、一軍女子への嫌がらせになるか。

 考えに考え、考え抜いた。今じゃなくて朝から放課後にかけて。日中ずっと考えていた。

 そして、一つの結論に辿り着いた。


 「ほんと!? 鈴木さん。私も。私もずっと好きだったの。付き合えるんだ。嬉しい。嬉しすぎて……泣きそう。初めて人を好きになったの。初恋が実って嬉しい。一生、私を愛してね」


 重くて、やばくて、今更嘘でした、と言えない空気を作り出すことだった。

 しばらく偽りの関係を続け、適当なタイミングで振ればいいかなあなんて思った。彼女らにとってそれが一番嫌だろうなと思うし、私はしばらく彼女らを玩具として遊べるなあとも思った。


 いつもニコニコしている鈴木であったが、さすがに私の反応を目の当たりにして自然な笑顔をキープすることは難しかったようで顔を引き攣らせていた。それでも引き攣らせながらも笑顔を作れている部分を見ると、ああこれが一軍女子ってやつかあと感心してしまう。


 そしてこれからこの一軍女子を翻弄すると思うと、興奮してくる。




◆◇◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇◆◇


五話〜十話程度(一万字前後)で終わる《予定》です。

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