幕間「申請」
後日、放課後の職員室。
多種族の先生たちが今日も今日で、忙しそうに書類の整理やらテストの制作やらを行っている。
そんな中、俺は文化祭の申請用紙を、丸い眼鏡のふくよかでもふもふしたおじさん……こと、俺の担任の先生に渡していた。
「文化祭の参加許可、よろしくお願いします」
「許可か。君の研究している魔法は確かに凄いものなのだが、それだけにね。ちょっと会議にかけてからになるけどそれでいいかい?」
「はい、大丈夫です。……え? 凄いもの?」
「そうだよ。君がやっていることは他人に強制的に魔法を使わせてしまうという行為だ。使い方を誤れば、誰かを間接的に傷つけてしまうなんてことも考えられる」
それは、考えていなかった。
新たな視点に自分の料理魔法の在り方を少し考えてしまう。
「だがね、逆にこの魔法は希望でもあるんだよ」
「はぁ」
「この世界には少数ながらも、魔法の使えない体質の人がいる。ある属性の扱いに特化してしまったせいでとか、魔力が放出できないとか、例は様々だけどね」
「それはしんどそうですね」
みんなができることができない。そのことを想像するとやはりつらいだろうと思えてしまう。
最近よくこの手の話に立ち会うことがあったので、少し感情移入してしまった。
「ははは、そうだとも、でも、今は科学技術がしっかりあるからね。そういう人も生活するには支障はないよ」
「そうなんですか」
「……もしかして、気が付いてないのかい?」
「え?」
「君の料理魔法はそういう人たちにも魔法を使えるようにできる可能性があるってことだよ」
そう言われて、少し前のレタの一件を思い出す。
火魔法が使えなかったレタだが、最近の彼女は火魔法を使えるようになっていた。
「本当はちゃんとした研究機関に伝えるべきなのかもしれないけどね。最近の君がちょっと前向きになってきたからかな。僕としては君が納得するまでこの研究を進めてほしいなと思っている」
「そうですか?」
「そうだとも、良い出会いがあったのか、良い学びがあったのか、なんにせよこの料理魔法がきっかけなのだろう。
先生として学術を教えることはできないけど、私は大人として、少しは力になってあげたいのさ」
「……ありがとうございます」
「まあ、会議は何とかしておくよ。君はしっかりと文化祭の準備を進めるといい」
「はい」
職員室を出ると部員の三人が待っていた。
すかさずこちらに気が付いたモカが近寄ってくる。
「シャッキン先輩どうでした?」
「まあ、ぼちぼちかな。会議にかけて結果次第だってさ」
レタの表情が少し陰る。
彼女のクラスの出し物は二つ返事ですぐに通ったらしいし、ほかの参加者との扱いの差に不安を覚えたのだろう。
「……それは、もしかして私の一件があったからですか?」
「多少はあるかもだけど、外で料理すると、ガスだの、電気だの、衛生問題だの、いろいろあるからじゃないかな? 期日ギリギリの飛び入り参加だし」
レタの表情が少し和らぐ。
どちらかというと魔法料理の性質の問題なので、本当に彼女の一件は問題ではないのだろう。
というか先生との話で、レタの事件は話題にも上がらなかったし。
「それでシャッキン、屋台の出し物は何にするのよ?」
「さすがにそれは気が早い……ガスが使えるならお好み焼きとか、焼きそばとか、電気のみなら綿菓子とか、ポップコーンとか、まあとにかく使える物が分かってから決めていこう」
「ははは、楽しみだなそれは」
楽しそうに笑うレイキ。
でも俺は綿菓子という単語に目が輝いた瞬間を見逃さなかった。
……やりようはいくらでもあるし甘いものは候補に入れてもいいかもしれないな。
(しかし、まあ……)
この料理魔法の可能性、考えてみれば様々なことができてしまう。
悪しきを考えればとことん悪いこともできるし、人のためにと考えれば良いこともできるだろう。
面白くて作っていただけと責任を放棄することもできる。
だけどそれはこの部員たちの期待も裏切ることにもなるし、自分の料理そのものを裏切ることにもなる。
それだけはしたくないなと、俺は体を一度伸ばし考えを切り替えた。
「先輩! 何かいいことでもありました?」
背伸びした俺をモカが覗き込んでくる。
クリっとした瞳と視線があった。
(良き出会いか……)
先程の先生の言葉を思い出して、それはそれで、ちょっと悔しいというか、納得ができなかったので彼女の額を指で軽く突いた。
「あう。何するんですか!」
「ニヤニヤしながら覗き込んでくるからだろう」
これからが大変だ。
でもきっと、ここで頑張れれば、この世界ともちゃんと向き合える。
そんな気がしていた。
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