第3章4

 校庭の端っこから遠くを見れば火の玉をぶん投げる野球部や、相手のシュートに対してゴール全体を水の壁で防ぐサッカー部。

 青春真っ盛りなのか、かなり離れているのにここまで彼らの声が届いてくる。たまにドラゴンの咆哮みたいな声もあるがあれはリザードマンだろうか。


 調理実習室がオノマトペで埋もれてしまったので、俺とレタとモカの三人でオノマトペを校庭の隅まで運び、それをレイキが砕くことにした。


「せいっ!」


 気合い一発、レイキが瓦割りの要領で「は」のオノマトペを粉砕する。

 砕かれたオノマトペは魔法が維持できなくなったのか光の粒となり消えていった。

 

「ありがとうな。レイキ」

「いや、いい。私の方こそすまなかった。お前に言われて自分の早とちりに気づかされたよシャッキン」


 カラカラと笑う彼女を見て、普段はこんな感じの気のいい感じの人なのだろうなと思わされる。

 彼女の持つ正義感は今回はこちらに敵意として向いていたが、それだけモカの友人として彼女を心配していたのだろう。

 俺も感情的になってしまっていたし、ちゃんと誤っておいた方がいいのかもしれない。


 そう思うと、俺はレイキに頭を下げた。


「いや、さっきのは悪かった。言い過ぎた」

「変な奴。軽薄な奴かと思ったら、突然真面目なこともするのね」

「それは目下修行中というかそんな感じなんで」

「修行中ねぇー。オーガのあたしに気迫負けしなかったのは、なかなかにカッコ良かったぞ」


 片目をつぶり、微笑むレイキ。

 何だそれはと俺は変な顔してしまった。あの時はとんでもなく怖かったんだぞ。

 でもおかげで彼女に気に入られたみたいだ。

 それはそれで体を張ったかいがあるというもの。


「そういえば、さっき、なんでモカが俺を慕っているなんて言ったんだ?」


 砕かれるオノマトペを見送りながら、ふと気になったことを俺は口にしていた。

 レイキは作業の手を止めず、その答えを返してきた。


「一つはお前の魔法に悪意が無いって分かったこと、もう一つはモカの体質の話なんだが……いや、これはあたしから言うことじゃないだろう。

 お前の言葉を借りるなら『このことはモカが話すならともかく俺が何かを言えることじゃない』というやつだ」

「そっか」


 秘密というのは誰しも持っている。

 ふとあの屋上での彼女の顔を思い出した。

 あの無敵の笑顔の裏側にどんな秘密があったのか少し知りたい気もしたが、モカが話したくなったら話してくれるだろうと、その気持ちは脇に置いておくことにした。


「あとあたしから一つ頼みがあるんだが……」

「頼み?」

「ああ、その……」


 なにやら全身の力に力が入っているのか、手をプルプルさせてこちらを睨みつけている。

 表情も力が入っていて、顔が赤い。え、いや、本当になに?


「私が甘いもの好きだってこと、内緒にしておいてほしい!」


 想定外のお願いに、俺の脳は5秒ほど処理落ちした。

 何かと思えばそんなこと。いや、もしかしたら彼女も何か抱えている者があるのかもしれない。


「お、おう……。どうしてまたそんなことを?」

「いや、そのさ。あたしはこういう見た目じゃないか。だから周りの目がどうしても気になって」


 種族に対する偏見があるってことか。

 先程のおいしそうにフルーツ白玉を食べていたレイキの顔を思い浮かべる。


「別にそんなに気にすることはないのに。なんならたまにうちの部活に来て、食べるか?」

「本当か! シャッキン!!」


 レイキさん、キラキラと目が輝いてらっしゃる。

 見えないしっぽがぶんぶん振り回されているようで、俺は思わず肩の力が抜けてしまった。


「おう、いつでも来てくれ」

「ありがたい、いや、そうなるといっそお前の部活に入ったほうがいいかもしれないな! もうすぐ文化祭もあるし人手がいるだろう」

「あー、文化祭かー……すっかり忘れていたな」


 この学校の文化祭は一年に一回、クラス、部活動が主体で行われている。

 校外からも参観者が訪れ、かなりの賑わいを見せる学校行事だ。


 もっとも、俺は魔法の研究や、料理の研究で、ほとんど参加していなかった。

 やったことと言えば会計係ぐらい。今思うと惜しいことをしてしまった気もする。


「そうだな、今年で最後なんだし、きっちり参加してみるか」


 改めて思う、この二年間本当に何をしてきたのだろうか。

 種族のことも詳しく知らず、見た目が『俺のいた世界』にそっくりだとしても、この世界はファーアースは全くの別の世界だ。

 これまで、その世界で独り、何をしようとしていたのか。


 目標も使命もないと不貞腐れて、流されるまま生きてきたのではないか?

 目標なんて自分で決めなければ、いつまでたっても見つからない。


「おーい、シャッキン先輩! サボってないで運んでくださいよー」

「そうですよ、ナナトウ先輩」


 遠くからモカとレタの声が聞こえてくる。

 ずいぶんと運んできたようで、手押し車いっぱいに『は』の字が積み上げられていた。

 だいぶ長話をしてしまったようだ。


「そういうことで、ようこそレイキ。我が幻想現代料理研究部へ」

「よろしく、シャッキン」


 なんだか嬉しそうに笑うレイキを見て、俺は悪い気がしなかった。

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