4-2 やはりあいつは変人だ……

 私は最近のエドガーになんとなく違和感を覚えるようになった。というのも、彼のしばしば見られる習慣の一つがなくなったのだ。以前ならば夕食後しばらくすると、部屋の窓の向こうに林道を歩くエドガーの姿が高確率で確認できたのだが、今となってはもうそれは過去の記憶となった。


 夜の散策が単純に飽きたのかもしれないが、そう考えるのは少し難しかった。何せ、彼自身が言っていたのだ。夜は散策かキノコの描画に限る、と。

 そこで、私は僅かな好奇心から、夕食の際に質問してみた。


「ねぇ、なんで最近、夜の散歩に行かないの?」


 あんなに好きだったのに、と続けようとするも、それはエドガーの咳き込みによって打ち消される事となった。どうやら料理をうまく飲み込めなかったらしいエドガーは、必死な表情で喉元を押さえている。しばらくすると、汗ばむ顔面をハンカチで拭いてから、エドガーは苦しそうに口を開いた。


「いや、あれはその、ただの遊びでしかなかったっていうか、ええと」


 私は意表を突かれた。散策を遊び感覚で楽しむなんて、とても彼の年齢にそぐわない。まるでようやく歩けるようになった赤子のようではないか。


「え!? 遊びであんな事やってたの?」


 思わず口に出してしまった。子供っぽい、とまで口を滑らせなかったのが幸いだった。すると、エドガーはつい先ほどまでむせて赤かった顔を青くした。


「知ってたのか……アンナ?」


 そう言う彼の声は震えていた。私は、なぜ彼がそこまで焦るのかが理解できなかった。


「知ってたも何も、あんたが自分で言ってたんじゃない。夜は散策に限るって」


 あえてキノコの描画については触れなかった。ここでキノコについて口にする事で、彼のキノコマニアの部分が刺激されるのはごめんだったからだ。


 するとエドガーは、それまで身にまとわりついていたある種の恐怖から解放されたようだった。彼は、数回咳払いをしてから、「そういえばそうだったね」とぎこちなく言った。どうやらエドガーは、私をこのまま手籠にする為にも(まぁ、最終的に利用されるのは彼の方なのだが)、子供らしい部分をなるべく知られたくないようだった。

 以前読んだ本で、男は狙っている女の前ではなるべく頼もしい姿を見せたいと書いてあった。当時は意味不明だった描写が、後からこうして役立つなどとは思いもしていなかった。


 それきりというもの居心地の悪そうに無言でただひたすら料理を口に運ぶエドガー。私は、この状況にすかさず問題を感じ取った。というのも、これからコイツを調教するにあたり、気まづい場面が増えてしまうのは困るのだ。

 もしも彼が私に貪られている間、現在のような居心地悪い空気を漂わされてでもしまったら、こちらの快感も消え失せるというものだ。なので、私は適当に話を持ちかけた。


「そういえばエドガーって血液型は何型なの?」


 自然な雑談というものを意識したつもりが、つい先ほどまで血液について思いを巡らせていた為に、それと関連づいた話題となってしまった。唐突に血液型を尋ねるなど、違和感極まりない。私は少し焦ったが、対するエドガーは何ら訝しむ風もなく質問に答えた。


「ABだよ。そういうアンナはどうなんだ?」


 エドガーは、つい先ほどまでのいたたまれない雰囲気を無理に打ち消そうとするかのように、やや硬い澄まし顔でそう言った。私は、悔しい気分に襲われた。なぜかというと、私もエドガーと同じAB型だからだ。

 このような変わり者と同類などと認められる筈もなかった。だが、同時に嬉しくもあった。同じ血液型ならば、大量に血液を摂取しても問題はないだろう。私の夢見た計画が、日に日に現実的になっていく事に満足感を覚えながら、私はエドガーの問いに答えた。


「私も同じだよ。だから、もしも私に血が必要になる時が来たら、あんたの血を存分に頂戴」


 後半の方は本音が漏れてしまったが、一般的に聞けばただの冗談と捉えられるだろう。だが、私の言葉を聞いたエドガーは、ただの笑い話と受け取ったわけではないようだった。

 なぜなら、それまで生々しいまでの人間味が感じられたエドガーの表情は、芯の通った真剣なものに変わっていたからだ。


「ああ、もちろんだ。僕のならばいくらでもキミにやるさ」


 そういう彼の声音は、とても冗談に聞こえるものではなく、真に迫って聞こえた。それから、エドガーは「ちなみに、AB型はどの血液型と混入しても拒絶反応を起こさないんだ。だから、どのみちキミが同じ型だろうとなかろうと、僕のでいいなら存分にあげるから安心すると良い」といらないうんちくを語った。そして、付け足すように「まぁ、それが必要になるなんて事態が起こるのは許さないけどね」と、今彼自身が放ったセリフにそぐわない、朗らかな笑みで言った。


 だがその瞳の奥にいつもある輝きはこの瞬間は薄らいでいた。そのエドガーの一連の流れにより私の内側はさらに寒さを増していった。私は、苦笑いを浮かべて「ありがとう」とだけ返しておいた。自分の表情が固くなっていることが嫌でもわかった。


 エドガーは、普段は浮かれ人間の癖して、よくわからないタイミングで神妙になったり、変な話をし始めたりする。それもこちらが圧迫されるほどの重々しいまでに。私は当然ながら、この瞬間が大嫌いだった。まるで向こうのほうが私よりも強いように思えてくるからだ。

 嫌悪感を表面上には出さぬよう気を張りながら、食事を済ませた。幸いにも、エドガーの不気味な側面が出現してからそうかからないうちに食べ終える事ができた。私は一刻でも早くこの場を後にしようと席を立ったが、そんな私をエドガーが呼び止めた。


「今度時間が合う日に遊びにでも出かけよう」


 例えば映画館とか、とエドガーは付け加えた。

 私は、先ほどの彼の様子と浮かれた提案のギャップに面くらったが、短く「そうだね」と答えた。それと、彼の気分を害さないようにも「楽しみにしてる」とも。エドガーは、その私の答えに満足したのか、微笑みながら「詳しくはまた後で決めよう」と口にした。


 会話が終了したと判断するなり、私は再度エドガーに話しかけられない事を願いながら自室へと戻った。部屋に戻ると、私は、彼のいかにも小物らしい浮かれきった様子を心の中で嘲笑ってやった。

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