第5話-小さな波紋-

美咲と健太に秘密を打ち明けてから、私の日常は、以前にも増して賑やかになった。

特に美咲は、ミニダンジョンの「素材」にすっかり夢中になっていた。彼女は元々、美容や健康に人一倍関心があるタイプで、私の持つダンジョン素材の力を知ると、目を輝かせて色々な実験を提案してきた。


「ねえ花梨、この癒し草って、顔に塗ったらどうなるかな?肌荒れとかニキビとか、ひどいじゃない?」


美咲は、自分の頬を指さしながら目をキラキラさせて言う。私は少し戸惑った。癒し草はあくまで外傷用で、化粧品のように使ったことはなかったからだ。


「ええ……でも、肌に合うかどうか、分からないよ?」


「大丈夫だって!少量だけ試してみようよ!花梨の肌、最近すっごくツヤツヤしてるもん、絶対これのおかげでしょ!」


美咲の熱意に押され、私は少量の癒し草をすり潰し、水で溶いたものを彼女に渡した。翌日、美咲は興奮した様子で私に報告してきた。


「花梨!見て見て!私のニキビ、全然目立たなくなってる!」


確かに、彼女の頬にあった赤みがかったニキビ跡は、驚くほど薄くなっていた。肌全体も、ワントーン明るくなったように見える。


「まさか、こんなに効果があるなんて……」


私も驚きを隠せない。美咲はその後も、ミニダンジョンから採れる別の素材を、肌のパックにしたり、髪の毛に塗ったりと、様々な美容法を試していった。その結果、彼女の肌も髪も、見違えるほど健康的になっていった。

一方、健太は、美咲とはまた違ったアプローチでミニダンジョンにのめり込んでいた。彼はダンジョン素材の「分析」に強い関心を示した。


「佐藤、この『浄化石』だが、やはり通常の物質とは組成が異なる。恐らく、微弱ながらも特異なエネルギーを帯びている。それが、水を浄化する能力の根源になっているのだろう」


健太は自宅に持ち帰った浄化石を、自前の簡易的な分析装置で調べ、興奮した様子で私に報告してきた。大学のラボは使えないため、使える機材が限られているけれど、それでも驚くべき洞察力で素材の性質を解き明かしていく。


「この『集中木の実』もそうだ。脳の特定の部位に作用し、情報処理能力を一時的に向上させている可能性がある。短時間だが、試験勉強には最適だな」


健太はそう言って、実際に集中木の実を試した結果、自身の実験の効率が格段に上がったと興奮気味に語った。彼は私に、ミニダンジョンの環境や、素材がドロップする条件など、事細かに質問を重ねてきた。


「ダンジョン内での時間経過はどうか?モンスターの出現頻度は?環境の変化は?」


私は健太の質問に、分かる範囲で答えた。ミニダンジョンは、私が「世話」をすることで少しずつ成長する、という仮説を健太が立てた。例えば、毎日水をやったり、ダンジョン内部の土を整えたりすることで、より質の良い素材がドロップしたり、新たな層が解放されたりするのではないか、と。

私たちはその仮説に基づいて、ミニダンジョンの「育成計画」を立てることにした。毎日欠かさず水をやり、ダンジョン内部の清掃をすることで、どのような変化が起こるのか。それはまるで、謎の生物を育てるような、わくわくする試みだった。

美咲の美容効果や、健太の分析結果が、周囲に小さな波紋を広げ始めたのは、それから間もなくのことだった。

ある日、美咲がバイト先で、肌荒れに悩む同僚に「最近使ってるパックがすごい良いんだよ」と、うっかり癒し草入りの手作りパックを勧めてしまったのだ。最初は半信半疑だった同僚だが、翌日には「美咲ちゃん!あれ、本当にすごい!嘘みたいに肌がもちもちになった!」と興奮気味に報告してきた。

また、健太は、集中木の実を口にした状態で臨んだゼミの発表で、普段以上の冴えわたる論理を展開し、教授を唸らせていた。


「鈴木君、今日の発表は非常に素晴らしい。何か秘訣でもあるのかね?」


教授の言葉に、健太は一瞬、私の方を見た。私もヒヤリとしたが、彼はすぐに平静を取り戻し、「いえ、たまたま調子が良かっただけです」と答えた。

しかし、水筒の水の美味しさ、肌の変化、そして学業での目覚ましい成果。これらの小さな「異変」は、確実に私たちの周りの人々の注意を引いていく。特に、美咲と健太は、これまでとは違う輝きを放ち始めていた。

私は、この秘密がいつか私たちの手には負えなくなる日が来るのではないか、という漠然とした不安を抱えながらも、目の前で楽しそうにダンジョン素材の恩恵を享受する友人たちの姿を見て、このささやかな日常が、少しでも長く続いてほしいと願っていた。

しかし、その願いとは裏腹に、ゆっくりと、しかし確実に、私のミニダンジョンは、日常の中に、新たな「波紋」を広げ始めていた。

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