美咲の肌ツヤが格段に良くなったこと、健太の集中力が異常に高まったこと。これらは、私たちが想像していたよりも早く、周囲の注目を集め始めていた。

ある日のこと。

大学のカフェテリアで、美咲が新しい化粧品の話で盛り上がっていた時のことだ。彼女の肌の輝きがあまりにも健康的だったため、会話に加わった女子学生の一人が、興味津々で尋ねた。

「美咲ちゃん、なんか最近、肌めちゃくちゃ綺麗じゃない？どこの化粧品使ってるの？」

美咲は、一瞬私の顔を見て、少しだけ口ごもった。私との秘密を、うっかり他人に漏らさないように気を遣っているのが分かる。

「えーとね、まあ、最近は『特別なケア』をしてるんだ」

美咲はそう言って、少し視線を逸らした。しかし、彼女の肌が嘘偽りなく美しいのは事実。他の女子学生たちも、その変化に感嘆の声を上げていた。美咲は、その後も具体的な商品名を伏せつつも、肌の調子が良いこと、疲れが取れやすくなったことなどを楽しそうに語っていた。聞いている彼女たちの目が、羨望の光を帯びていくのが分かった。

健太の方も、状況は似ていた。

彼は集中木の実の効果で、以前にも増して学業に打ち込み、特にプログラミングの課題では目覚ましい成果を上げていた。複雑なコードも瞬く間に理解し、バグ修正も驚くほどの速さでこなす。

ある時、共同研究のグループワークで、誰もが頭を抱えていた難題を、健太があっさりと解決してしまったことがあった。グループのメンバーたちは、彼の実力に驚きを隠せない様子だった。

「鈴木、お前、なんか憑き物でも落ちたのか？急に冴えまくってるじゃん」

からかうような声に、健太は少し困った顔をした。

「いや、別に……たまたま、かな」

しかし、彼の目には、確かな自信が宿っていた。以前の彼なら、ここまで積極的に意見を出すことも、周りを圧倒するような成果を出すこともなかっただろう。彼が、自身の変化を楽しんでいるのが見て取れた。

美咲も健太も、それぞれがミニダンジョンの恩恵を享受し、それを日々の生活に活かしていた。彼らの変化は、ごく自然な形で周囲に「良い影響」として波及していったのだ。

私は、友人たちの変化を見て、喜びを感じる一方で、小さな戸惑いも感じていた。

この秘密を守ることは、日に日に難しくなっている。彼らが無意識のうちにダンジョン素材の力を示してしまっているからだ。

「花梨、この間も言ったけどさ、この水、本当にすごいよ。うちの母さん、最近寝つきが悪くて、でもこの水飲んだら、ぐっすり眠れたって言ってたんだ！」

美咲が、私の水筒の水を指差しながら、興奮した様子で話してきた。私は思わず、慌てて彼女の口を塞いだ。

「美咲！声が大きい！」

美咲はハッとして、周りを見回した。幸い、誰も聞いていないようだった。

「ご、ごめん！でも、本当にすごいんだもん！これって、もしかして、病気も治せるのかな……？」

彼女の言葉に、私はドキリとした。病気を治す。そんな力があったら、それはもう、ただの「便利なアイテム」の域を超えてしまう。

健太も、私の部屋に来て、ミニダンジョンの様子を観察するたびに、好奇心と探究心を募らせていた。

「このミニダンジョンの成長速度は、どうやら外部の環境要因、特に『花梨の精神状態』と密接に関係している気がするんだ。君がダンジョンに対してポジティブな感情を抱くと、より活性化する傾向が見られる」

健太の分析は、時に核心を突いてくる。私がミニダンジョンに愛着を感じ、大切に思うほど、素材の質が向上したり、新たな場所が解放されたりする。まるで、私の心を映す鏡のようだ。

美咲や健太の変化を通じて、私のミニダンジョンが、ただ私の日常を豊かにするだけでなく、他人の生活にも影響を与え始めていることを、私は実感し始めていた。それは、喜びであると同時に、小さな責任感のようなものも感じさせた。

この力を、どう使っていくべきなのか。そして、この「ダンジョンの種」は、一体、どこから来たものなのだろうか。

平凡だった私の日常に、非日常の波紋が、ゆっくりと、しかし確実に広がり始めていた。そして、その波紋が、遠く離れた場所から、新たな「視線」を引き寄せていることに、まだ私は気づいていなかった。