第8話 四天王最初の男、ゼミティリ・ドリア
ゼミティリとマリアベルは、過去に接点がある。
接点がない人間がいないくらい、ボルネーゼ家は力を持っている。
それこそ、数年前の舞踏会でも会っている。
もしかすると、それ以上前にも会っていたかもしれない。
「こんな形だけの舞踏会、二人で抜けちまおうぜ!」
こんな展開もあったかもしれないし、実際にあった。
だが、マリアベルの返事は淡白だった。
「え?普通に嫌です。防衛大臣をお勤めになっているドリア伯爵の息子、その貴方と私が一緒に?普通に在り得ませんし、それを利用されるのも嫌ですけど」
当たり前理論で堂々と断っていた。
乗る気はないが、ここで乗ってしまったらドリア伯爵は必ず利用する。
「待て!あまり家の話はしたくないが、俺の家だって負けていないだろう」
「貴方はそこの子供というだけでしょう?それにここは情報交換の場ですよ。抜け出しては意味がないです。そもそも、その行動が後にどう伝わるかを考えていませんの?」
ゼミティリはそれでも諦めなかった。
だって、似た匂いを感じたからだ。
「そう言うが、マリアベルもつまらなさそうにしていただろ。俺と抜け出して、パーっとやろうぜ?」
マリアベルも舞踏会を楽しんでいるようには見えない。
だが、それでも彼女は。
「つまらないとか関係ないですわね。だって私は。そして貴方は——」
□■□
ポン‼
という音を立てて弾ける草。
泥水の中にある球根部分が破裂した為、皆が期待していた程の大きな破裂音はならなかった。
同じ理由で、目がやられるほどの煙は出なかった。
だが、弾けたことで泥が跳ねて少女の服を汚した。
衣服の細部に拘る特注制服の子供らにとって、こっちの方が数倍のダメージがあるかもしれない。
「わ、わ。何、これ」
暫くすると、ボコボコと粘性を持った気泡が泥の表面に出現した。
泥水は通常よりも粘性が高いから、表面の気泡に割れる気配は感じなかった。
因みに自然界ではこの続きが起きるからハジケ草だ。
ただそれは、管理された植物園だから起きなかった。
だから、少女はそれが気になって仕方ない。
そして少女は——、というところで彼の声。
「おい。その気泡は…、って、おい!」
「なんですか、これ!泥の中で何か弾けたのは分かりましたけど、うーん、もしかしてこの中に——」
少女は笑顔で泥の表面に出来た気泡に指を差し込んだ。
ポシュ!!
そこから一気に噴き出る汚物のような悪臭、色味も薄茶色で見た目も臭そうな煙。
これがあるから全員が避難していたが、毛先はまだまだ傷んでいる金髪の少女は悪臭の中でも笑顔のまま。
「本当は近くに棘がある植物が生えているのかも…。他の植物を使うなんておもしろい!」
彼女から見れば、泥遊びと大差ない。
小さいが畑も一応あったし、なんなら家畜の世話の手伝いもしていた。
糞尿なんて、毎日見る生活だった。
そんな彼女の様子にゼミティリは言葉を失った。
そして、少女に釘付けとなった。
「なんだ、こいつ。変な女…だな」
「ゼミティリ様は平気なんですか?」
「平気では…、いや。これくらい平気だ」
「そうなんですね!ゼミティリ様って…、えっと…。なんていうか…」
皆から見れば汚物の中で、はしゃぐ少女、笑顔の少女。
ゼミティリは口ごもる少女がとても気になった。
「な、なんだ?言ってから泥水から出ろ。臭くなってしまうからな」
「ええ?そ、それじゃあ。失礼とは存じますが…、このままでも失礼ですし。…ゼミティリ様って良い人ですね。貴族っぽくないっていうか…、あ、これは」
そう。リコはちゃんと聞いていた。
彼はずっと止めていたし、一人だけ植物園に残ってくれた。
なんなら、教員と他の生徒の行動を咎めていた。
主人公にそんなシステムはないが、リコの好感度は間違いなく上がっていた。
故郷のヨハンと重なったのもあるかもしれない。見た目は全然違うけれど。
それを感じてか、ゼミティリは目を逸らしてしまう。
「貴族っぽくないは誉め言葉と受け取る。だから泥水からすぐに上がれ。…お前の体にこの臭いが染み付いちまう…だろ」
同じく、ゼミティリの好感度も上がっていた。
最後の方は彼女には聞き取れないような声で。
感情のやり場に困ったのか、少女に背を向けたままで喋るから余計に聞き取り辛い。
「ゼミティリ様!」
「な、なんだ。他にも何か…」
「すみません。私、こんなに泥が弾け飛ぶなんて考えていなかったので、ゼミティリ様の裾に泥が!」
もしかしたらゼミティリも友達になってくれるかもしれない。
その喜びが一瞬にして消え失せる。
彼の服もかなり特殊で、自分と同じ制服ではないことが素人目にも分かった。
請求されたら間違いなく払えない。早く洗わないといけないけど、泥だらけの自分には近づけない。
ただ、彼はやはり目を合わせずに言った。
「裾にかかっただけだ。これくらい大したことない。っていうか、お前の方が泥まみれだぞ。早く、体を洗いに行けっつーんだ!」
「は、はひ!何度も助けて頂いたのに…私…」
泥まみれの顔で、懸命に頭を下げる少女。
思考が止まるゼミティリ。そして音はないが間違いなく開かれるゼミティリルート。
——まぁ、そうは言っても。
ベコンに言わせると、四天王の中では最弱ルートで、イベントで必ず始まるルートなのだけれど。
「バカ。あれはお前の為に言ったんじゃねぇよ。こんなところでマンドラゴラの奇声を聞きたくなかったってだけだ。ていうかよぉ。俺の話をちゃんと聞いてたか?臭いが体に染み付いちまうから、早くそこから出ろって言ってんだろ?」
すると少女はキョトンとして、首を傾げた。
「私、結構この匂い、慣れっこです。故郷を思い出しますし。それよりゼミティリ様、いつまでもここにいてしまっては大切な服に、いえ、お体に匂いが染み付いてしまいます」
とは言え、その後もリコは正しい選択肢を選び続ける。
流石にゼミティリも半眼になり、振り返る。
そして少女と目を合わせてしまう。
変な女、泥だらけの女、でもやはり泥んこ姿の女に僅かだが目を奪われる。
「お、俺は慣れてんだよ。この草は軍事用、防犯用に使われる。親父の仕事の関係上、この手のものには慣れてんだ。ま、勝手に忍び込んでるだけで、見つかった時はお袋に叱られるけどな。ほら、手を貸せ」
リコの両肩が跳ねる。一緒に泥も跳ねて、ゼミティリの制服をまた汚す。
泥だらけの自分に差し出されたその手に、レオナルドとイグリースの顔が過る。
「あの、私」
「面倒くせぇな。ほらよ‼」
リコが戸惑っているとゼミティリは強引に手を掴み、泥水の中から一気に引き上げた。
魔力は体力にも影響がある。
予想以上に強大な腕力で引き上げられて、リコは勢いのままにゼミティリの上に落下した。
ゼミティリはゼミティリでリコを抱きキャッチした。
「はわわわわ、ゼミティリ様!ど、泥がついてしまいますよ!」
「気にすんなって。俺も慣れてるんだ」
「慣れてるって言っても、服が」
「こんなの洗えば落ちる。なぁリコ。こんな授業、早く終わっちまおうぜ」
「そ、そうです…ね」
「なら、先ずは俺の上から退いてくれるか?」
いくらか会話をした後、互いの頬が染まる。
その後、リコは退き、ゼミティリは立ち上がった。
そして彼は入り口に向かって叫ぶ。
「リコの制服が汚れちまった。シャワーを浴びさせてやってくれ。先生、いいよなぁ?いいってよ!リコ、さっさとシャワーを浴びて着替えてこい」
「はい!」
結局、ゼミティリは殆ど目を合わせていない。
それもゲームの演出の一つだが、リコには分からない。
ただ、目を合わせない理由は分かる。なんとなくヨハンに似ているから分かる。
今までのクラスで感じたそれとは明らかに違っていた。
だから彼女は少しだけ嬉しくなって、小走りで学生寮に戻っていった。
「ゼミティリ様は良い人だ。少しずつ、クラスに友達が増えてく。私、もっと頑張らなきゃ……」
因みに、この一件が火種を爆発させることを、リコはまだ知らない。
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