第一章

第一話 初任務

 【ノア・ブリックス/アストリア】


 俺は気付けば中世風の魔法が存在する世界で目覚め、交戦真っ最中の戦場に投げ込まれた。何とか襲ってくる兵士を掻い潜り、途中で狙撃手に殺されかけたが、なんとか生き延びることが出来た。

 まず俺が目覚めたのは、アストリアとヴァルドラ帝国と呼ばれる二つの国の国境付近であり、状況を聞くに帝国からアストリアは防衛しているようだった。


 だから俺は俺の行動理念に従って、アストリアにつくことにした。また現在の戦況は、一週間前までアストリア国境の砦は陥落寸前で劣勢だったが、俺が目覚めて遭遇した例の狙撃手によって帝国軍側の指揮官が殺害されたとのこと。

  故に一気に戦況は好転したものの、この狙撃手がかなり問題で、俺の目の前で次々と無差別に兵士を狙撃しておきながら何処かへ帰って行った。

 結果は優勢なのにアストリアはほぼ全滅といったところだ。しかも最悪なことに死者零名。全軍重傷という。狙撃手としては憎いが最高の戦果だ。


 だからそれからは大忙しだった。アストリアに味方すると決めたのだから、重傷者をとにかくひたすらに、アストリア領土側にあった駐屯地に運びまくった。勿論現地の人間には驚かれたが、何度も俺は味方だと叫びつつ、少しずつ協力者も増え、なんとか全員を運び終えた。


 全く、俺は衛生兵じゃねえよ。普段使ってない筋肉を使ったせいで、いつぶりかも分からない息切れで苦しかった。そうしてそんな事で休む暇もなく、アストリア側の指揮官に報告しようとした時、ドイツ人に鉢合わせした。


「なん……だと? 誰だお前は……」

「お前こそ誰だ。捕虜にでもされたか?」


 ドイツとアメリカは言うほど悪くは無い関係だが、状況が状況。俺はちょっと煽って見るが、まさかの男の後ろに立っていた兵士が激昂する。


「言葉を慎め! 彼はライナー・フォルクマン隊長兼指揮官補佐だぞ!」


 コイツは無能兵士決定だな。俺がどこの誰かも知らない状態で自分の上司の名前と役職までバラすとは。


「それはどうも紹介ありがとう。確か……ライナー・フォルクマン上級曹長様だったかな?」

「お前、どこまで知っている……」

「おっとこれは済まないな。お前が捕虜でないのなら、少なくとも俺は敵じゃない。だから俺も素性をバラそう。別にこの世界でバレたってなにも問題は無いからな。

 俺は、ノア・ブリックス。アメリカの超極秘特殊部隊GHOSTに所属していた。コールサインはリーパーだ。まぁ、これだけバラしても恐らく知らんだろう。なんせ部隊名が表に出たことすら一度も無いんだから」


 俺はペラペラと自分を語る。自棄になっているわけでは無い。相手とその部下の馬鹿さ加減に合わせているだけだ。


「ほう? Reaperリーパー」か。部隊名にピッタリな名前じゃないか。それで? お前はここに何をしに来た。生憎だがこの現場の現在の指揮官は俺だ」


 ここからはふざけるのはやめよう。なにも面白く無い。真面目に淡々と状況を報告する。


「あぁ。ヴァルドラ軍の指揮官は正体不明の狙撃手に殺害されたあと、狙撃手のやりたい放題で戦況は最悪。死者は零名だが、砦側の兵士は重傷で全滅。俺が全員運んできた。こんなに疲れたのはいつぶりやら……」

「な、つまりもう狙撃手は居らず、重傷者も砦にはいないということか? そうか……。分かった。自分が出る手間が省けた。それならば、だ。味方の治療中に偵察に行かせる兵士がちょうど良く一人出来てしまったな? ノア。相手狙撃手の特定とヴァルドラの動きを調べて来い」


 人遣いが荒いなこのおっさん。これでいて前世は部下の信頼は厚かったんだろう? あぁ、俺は別に部下では無いか。仕方がない。現状動ける味方兵士は俺以外いないのは事実。それと、俺もこの世界に順応するために、調べたいことは山ほどあるからな。


「それならこれがついに役に立つな? お前は持ってないか?」

「あぁ、それか。一体どこで使うタイミングがあるのかと忘れていた」


 互いの手に持っているのは、無線機だ。これがあればどんなに離れていても即座に連絡が出来る。この世界じゃオーバーテクノロジーも良いところだ。


「それじゃあ周波数はどうする?」

「適当に……いや。541.000くらいか?」

「分かった。じゃあ何かあれば知らせてくれ」

「了解っと」


 俺はそれから無線機を持って駐屯地を出発し、アストリア砦へ戻りヴェルドラ領土へ侵入。そう言えば俺も隊長の喉を既に掻き切っているんだったな。すっかり忘れていた。

 そんな所で早速無線機に通信が入る。


『聞こえるか? リーパー』

「もう俺の声が恋しくなったのか?」

『本当に使えるか試しただけだ。電波はどうだ?』

「びっくりするくらいにクリアだ。さすが異世界ってやつだな。無線機なんざ使ってるのは俺らしかいないからな」

『それはそうだな。なら確認は以上だ。通信終了』


 無線機はぶつりと音を立てて通信が終わる。はて。あまりにもクリア過ぎるな……? 砦を出た先は森林地帯だ。中継点も無いのにどうしてこんなに鮮明に声が聞こえるんだ? まぁいい。今は便利な通信道具だと思っておけば良いだろ。


 さて、まずは狙撃手の特定と言いたい所だが、まずはヴァルドラ軍がどこから来たのかを知った方がいいだろう。この世界の兵士はどいつもこいつも皆んな鎧着ているからな。土にくっきりと足跡が残る。まずはこれを辿っていこう。


 砦から歩いて10分程。例の狙撃手がぶっ殺した指揮官の半身が地面に横たわっていた。すぐ上に見える崖の上から凄まじい衝撃で斬り飛ばされたことが分かる。今思い出してもあの威力は何だったんだろうか。まるで戦車の砲弾が身体を掠めたんじゃ無いかと思った。

 崖の上へ登り、もう軍は撤退したあとなのか、放置された軍旗と、指揮官が本来居座っていたであろうテントが残っている。


 こっちの世界の兵士は後片付けってのを知ってるのかねぇ? 少し情報が残っている希望を持ちながらテントの中を物色。


「マジかよ。流石にこれは……」


 テントの中はまるで宝庫だった。なにもかも片付ける事なく、完全放置されていた。

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