第二話 やるべきこと

 ヴァルドラ帝国軍撤退後のアストリア国境付近に建てられている帝国のテント。中は後片付けもなにもされていない放置状態で、無数の情報が散りばめられていた。だから俺はすぐにライナーに無線を繋ぐ。


「こちらリーパー。今、帝国が建てただろうテントの中にいるんだが、こりゃすげえな……」

『何がある?』

「先ずは周辺の地図。丁寧に帝国の都市みたいな場所とここまでの道が書かれてる。それと、伏兵の位置とか分かる作戦内容と、あー……これは」


 テントの中を物色しながらライナーへ報告する手が止まる。全くこれに関しては重要でもなんでもないのだが、異世界でもこういう輩はいるもんなんだなと。人間の愚かさを世界を超えて痛感する。

 

『どうした?』

「ぶっ殺された指揮官の密約書だ。えーっと。ハルデス・モルグリム少尉へ。アストリア国境砦制圧作戦に伴い、今作戦を成功したあかつきには、ハルデス少尉へ金貨1000枚の報酬を約束する。大元帥より。

 そんな感じで血印までセットだが……。一応聞こう。どう思う?」

『完全に捨てられた指揮官だな。こんなにも呆気なく殺される指揮官に大元帥と呼ばれる人間が血印なんて押すわけがない。しかしだ……。同時に感じるこの違和感はなんだ?』


 俺が読み上げる文章に苦笑するライナー。また別に感じる違和感を俺も持っていた。一見すればくだらない私利私欲を体現した密約書に見えるが、たとえ捨てるつもりでもわざわざ大元帥の肩書きを借りて、血印まで押す程の重要さ。勿論この文書に重要のかけらも無いことは分かる。だが、この文書を作った人間の意図はなんだ?

 そこでライナーが呟く。


『これはまずいな……相手は俺らがこの世界に来たことなんざ知る由もねえだろうが。俺らはあまりにもこの戦況を知らな過ぎた』

「つまり……?」

『こいつぁ、ただ兵士を捨てるつもりの文書じゃない。そもそもこの指揮官に砦を陥落させること自体が目的じゃないんだ。リーバー。今すぐ適当な情報は持ち帰って帰ってこい。間に合わなければ砦どころか都市を潰されかねねえ……』


 そこで俺も合点が行く。この文書を作った人物が指揮官と多くの兵士を無駄にした理由を。

 敵にとってはあまり重要ではない。もしくは本当に落とすことが出来ればラッキー程度の砦の侵攻を無能な指揮官と、それなりに有能な兵士に任せることで、アストリアの重要な地点から警備を割いた。こんなの気付ける訳ねえだろ。もっと早くにここに来ていれば。


 俺はとにかく急いでテントの中にある文書や物品を乱雑に腰ベルトに付けたバックパックに放り込み、アストリアへ戻った。

 戻るまでに約30分。作戦室の何も無い机に両手をつくライナーの表情は険しく、それは俺が戻ってくるまでになにも進展がないことを意味していた。


「戻ったかノア。最悪だ。ここの砦防衛に割かれた兵士たちに聞き込みをしたが、誰も何も知らなかった。みんな命令にしたがって防衛に召集されたんだとよ。どうすりゃ良いんだ……!」

「ったく仕方がねぇなぁ……ここで俺の出番だろ。力技だが、とりあえず外に出てアストリアの各地の様子を見回ればいいだろ。力仕事は不得意だが、体力と速さには自信があるんでね」

「そうか……確かに今はそれしか方法は無いだろうな。逆に俺は長距離走る体力は無いからな。任せた。行ってこいノア」

「了解っ」


 そうして俺は作戦室をでて駐屯地から出発した。アストリアの国境はなんと堅牢なことに、遠くから見ても分かるほどの石の壁で隔てられている。いくら体力に自信があれど大国の領土を人の足で走るなんて流石に馬鹿げているのは分かっている。この世界には当然車なんて無い。だが最適なものはある。どこの誰のものなのか知らないが、駐屯地の入口付近に停留させてある馬車に繋がれた馬の縄を勝手に解かせてもらい、とりあえず大声で声をかけてから馬に乗る。


「ちょっとコイツ借りるぞ!」

「え……? ちょ、何を勝手に、あぁっ!」


 騎乗技術なんざ習ったことなんて無いが、綱を掴む握力と平衡感覚さえありゃなんとかなるだろう。実際乗ればなんとかなりそうだと直感的に理解した。だから俺はすぐにアストリアの国境沿いに全力で馬を走らせた。どれだけ時間がかかるか分からないが、国境内周を1周するつもりで走ればなにか分かるはずだ。なんせ、今は帝国がアストリアを侵攻中なんだろう? ここの砦とは桁違いな激戦区が必ずどこかにあるだろう。

 国境砦から1時間後、2つ目の砦が見つかったが恐らくここから兵が招集されたのか。あまりにも閑散としていた。だがここではない。


 馬を全力疾走させながらついでに景色も眺めた。俺が暮らしていた都会では比べ物にならないほどの草原の広さ。地平線まですっきり見える景色が、この世界も時間が建てば開発を繰り返すなりして灰色のビル群になるのだろうかと苦笑する。

 アメリカにも一応こういう景色はあるので特段な非現実感は無い。ただここで思うことは、アストリアの政府が自然を守る思想であってくれと願うだけだ。こういう景色はいつ見ても心が洗われるからな……。


 それからさらに2時間後、3つ目の砦が見つかる。


「ここだ……だが。一足遅かったようだな……こちらリーパー。駐屯地から国境沿いに東方向へ3時間いったところにある3つ目の砦にて問題発生。いや、すでに帝国軍らしき兵士に占領されているのが遠くからでも確認できる」

『なんだと……? クソ、仕方がない。もっと何か分かったことがあれば随時報告してくれ。俺は生憎アストリア国境防衛の指揮官補佐を任されている身だ。当の指揮官もこの事態を認識しているだろうが、無線機が無いから連絡の取りようがないんだ。ある程度のことが分かれば俺から伝令なり送ろうと思う』

「了解」


 さぁて、ここからは完全単独任務だ。でもこれも慣れっこだ。

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VELKRAN -誰も知らない英雄譚- Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

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