プロローグ:伍 命を繋ぐ者
第五話 命を繋ぐ者
「っ……。あれ……私は生きてる?」
私は気付けば柔らかいベッドに、分厚い布団を被せられて横たわっていた。一瞬天国かと思ったけど、私はどうやらまだ死んでいなかったようだ。私は確か紛争地帯でいつ殺されるかも分からない状況で、傷ついた兵士や病気の子供たちを看病していたはず……。それから確か突然病室が爆発して……。それから記憶が無い。
思い出そうとしても靄が掛かるようで、まるで脳が思い出すことを拒否しているような。それにしても此処はどこ?
白い天井に、透き通った青い空と暖かな陽射しが差し込む窓。壁も剥がれたりもせず、床も綺麗。それになにより。空気が美味しい。
「あ、目覚めた?」
しばらくすると病室に一人の男性が入ってきた。白衣で金髪で、緑の瞳……。そして恐ろしい程のイケメン。あぁ、まだ私にも人の顔を評価する心はあったんだ。なんか安心。
「えっと……ここは?」
「君が道端で倒れている所を町の人が見かけてね。此処まで運んでくれたんだ。それも最初は生きてるか分からない程の重傷だったんだから」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
重傷ということはやっぱりあの空爆は夢じゃ無かったのかな……。と、そこで私は最も重要なことを思い出す。私はここでゆっくりしている暇なんてないことを。
「っは! 首尾はどうなったの!? みんなは生きてるんですか?」
「え? なんのこと? 周りには君しかいなかったよ?」
「え……?」
その時、私の中で張り詰めていた緊張の紐が解けてしまった。いや、それはもしかしたら絶望の前触れかも知れない。だけど、"私の周りには誰もいなかった"。この言葉が何度も頭の中で反芻する。子供たちは? 兵士たちは? 同僚は? みんないなくなってしまったの?
同時にどうしようもない孤独感が私を包み込んだ。
「そう、なんですね……」
「あれ!? 俺なんか嫌なこと言った?」
「いえ、大丈夫です……しばらく一人にしてください」
「あぁ、なんかごめん」
駄目だ。私は医師なのに。こんな心の弱さじゃ誰も助けることなんて出来ない。私は堪らず布団を頭の上まで持っていき、混乱と孤独に身を縮こませる。
「相澤さん、栞ちゃん……みんなどこ?」
そうして私が復帰したのは目覚めてから三日後だった。もうこんなところでいつまでもうじうじしていられないと気持ちを保つために深呼吸する。
しかしそこで目覚めてベッドから体を起こし、病室から出ようとした時、病室に入ってきた二人の男女に息を呑む。
「綾香先輩〜! 生きててよかったああぁ……」
「わわっ! 栞ちゃん!? それに相澤さんまで!」
鉢合わせするや否や、私の胸に栞ちゃんが飛び込んで来た。そしてそれを背後で微笑む相澤さん。そう、死んだと思っていた二人が生きていた。どうして? 私の他にはいなかった筈じゃ?
「こら栞、綾香さんが困ってるだろ。実は僕らは一週間前にこっちに来ててさ、ほんの三日前に綾香さんが見つかったって知って……」
「そうだったんだ……良かった。本当に良かった……私はもう一人なのかと思って……」
これは夢じゃないよね? 頬をつねって見るが、現実だった。私は心の底から安心すると、不意に涙が出そうになるが二人の前で泣く訳にはと何とか抑え込む。
栞ちゃんは女の子の後輩でいつも患者さんとも仲が良いムードメーカーだった。相澤さんは私より遥かに背が高い男性で同期。何でも作れるって有名で良く周りから頼りにされてたっけ。
「一週間前ってことは、もう大体状況は理解出来るってことかしら?」
「まぁ、ほんの少しね。こういう展開については栞が一番詳しいんじゃ無いかな」
「はいはーい! えっとですねー。アニメや小説に疎すぎる先輩たちにとても分かりやすく言いますとー。全くの別世界に転移してきてしまったんだと思います!」
「別世界に転移……? えっと、言ってる意味がわからないわ」
「つまり、ここは異世界です。有名所で言うと、ゲームオブスローンズみたいな世界ですよ。流石に聞いたことくらいはありますよね……?」
ゲームオブスローンズ……。確か魔法とかがあるファンタジー小説だったっけ? いや、そんな簡単に状況を説明していいの?
「んー。何となく? それで、私たちが看護していた兵士たちはどうなったんだろう?」
「それは……わからないです。みんな死んでしまったのか。それとも私たちが飛ばされた時に時間が止まっているだとか。いろんな展開があるんですがねぇ」
「あー、なんかごめん。とりあえず僕らの状況理解はこんな程度だよ。彼らのことをとりあえず忘れて、なんて言えないけど。ここ一週間暮らして分かったことはある。それはこの世界にも僕らを必要としている人らがいるってことだ」
なるほど。ならひとまずは私もやるべきことをやれば良い訳ね。こんなところでうじうじ過去のことを考えていたら前に進めない。今は栞ちゃんや相澤さんが生きていたことが幸運だと思えば良い。
私はそう考えて、さぁ行こうと思った時、まるで私の気持ちを理解しているかのように栞ちゃんが白衣を渡してきた。
どうやら白衣は相澤さんがこの世界で即座に仕立てて、私が保護された当時に来ていた装備は壊れて使い物になっていなかったようで。
白衣に着替えるとポケットに護身用に持っていた催涙スプレーとスタンガンが入っていた。
「なるほどね……よし、じゃあ行こっか」
「「はいっ!」」
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次回から本編です。
更新はゆっくりになります。
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