プロローグ:肆 半知半能

 「やりすぎだよアンタ。砦のやつら全員ぶっ倒してどうすんのさ」


 あたしは何もかも知り過ぎた。だから前世ではあっけなく殺された。でもこの世界なら多分もっと長く生きていける。元ハッカーがさらに悪賢い能力を持って生まれなんてどんな皮肉さ。


「別に良いだろ。どうせどちらの味方でもないんだからよ」

「あんまり派手にやるとバレるよ。なんせこの世界には魔法があるんだから」


 あたしはこの世界に生まれてからすぐに戦場を荒らし回るスナイパーと出会った。どういう因果なのか。コイツはロシア人で、あたしと同じようにどっかで殺されてからここに来たらしい。


「その魔法ってのがイマイチピンと来ねえんだよな。確かに俺のRT-20は魔改造されてるけどよ。コスパ度外視すれば現代でも作れそうってのがな」

「……。正直あたしもよく分かってないわよ。そもそもここがどこなのかすら分からないし」

「お前はハッカーなんだろ? なにも分からねえってことは無いだろ」

「……はいはい。あたし達がいるのはヴァルドラ帝国とアストリアの国境よ。二つとも聞いたことがないでしょ? だから分からないって言ってんの」


 あたしはナイジェリア人。ラゴスの国防庁で諜報員として動いてた。だから情報収集能力は並外れてると自分で言っても良い。半分はこの摩訶不思議な能力で得たけれど。


「ふーん。で、僕たちはこれからどうする? 僕は指揮官邪魔だからぶっ殺したけど、貢献度的には今すぐにもヴァルドラに付くことも出来るぜ?」

「それもそうね。第一あんたを敵に回したくないが理由になるけどね」


 彼の狙撃能力は群を抜いてる。私の能力とは比べ物にならない。まるで政府のお抱えだったんじゃないかって思うくらいに。だから敵に回したらあたしなんて簡単に殺されると思う。なにせ、あたしには緊急時と万が一の迎撃用に渡されたAK-47があるけれど、銃の扱いどころか実戦経験すら無いんだから。


「あと、それはそうなんだけど。あんた、あたしの顔見ても何も思わないのね?」

「あ……? あぁ、чёрныйのことか? 別に、僕はそう言うことを一々気にする環境で過ごしてきていないからな」

「そう。変なこと聞いてごめんなさいね。じゃあ、提案通りヴァルドラに味方することしましょう。そういえば、さっきアメリカらしき兵を見たって言ってたけど、あれからなにか進展は?」


 ロシアのスナイパーは途中でアメリカ兵を見つけたらしい。一体どんな奇遇なのかしら。ロシア、ナイジェリアに続きアメリカって。ここは地球のパラレルワールドとでも言うの?


「いや、見つけはしたけど興味なくて見てなかった」

「あらそうなの? てっきり現代の人間がいるってことに興奮してるんじゃないかと思ってたのに」


 あたしならすぐに接触を試みる。こんなにも情報を掴みにくい世界と、見てよくわかる中世の時代に、現代の兵士なんて最高の情報源でしょう。一体今はどこをほっつき歩いているのかしら。


「それじゃあ早速あたしはヴァルドラの帝都にでも行くわ。どうせ今は交戦真っ最中でしょ。適当な理由つければ簡単に入れると思う。サーシャも来なさい」

「サーシャ……? あ、僕のこと? それ僕が覚えにくいからアレクで良いよ。前はグリャズノフって普通に呼ばれてたけど

「じゃああたしはアマカ。これからよろしく」


 こうしてあたしはアレクサンドル・グリャズノフもとい、アレクとでヴァルドラ帝国の帝都に行くことにした。目的は味方交渉。指揮官を殺害したことは当然伏せるけど、アレクの狙撃能力は多大な評価をされることは間違い無い。どちらにも付かないって選択肢もあったけど、それじゃああたしの能力はきっと活かせない。

 まずは何もかもこの世界を生き残るためよ。

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