プロローグ:参 安らぎを置いて来た者
リーナ、アマリア……本当に済まない。お前たちを残して一人で逝ってしまったことを許してくれ。
俺は死んだ。ほんの一瞬の油断が運命を決めた。あの時ああしていれば、こうしていればと何度も頭の中でフラッシュバックする。
「情けねえにもほどがあるだろ……」
だが俺は生き返った。母国ではなく、全く別の世界で。最初は酷く混乱した。周りに何も無い荒野で目を覚まし、何度も妻と娘の名前を叫んだ。だが戦場を共にした仲間も、敵すらもそこにはいなかった。
しばらくして中世の鎧姿をした兵士の部隊に保護されたが、どんなに状況を理解しても、何故俺が生きているのかが分からない。
俺は今その兵士の詰め所だろう休憩室の硬いベッドの上に座って項垂れる。娘のことが頭に過ぎるたびに、もう会えないと察し、兵士たちに迷惑をかけてでも戦意が喪失する。そこに来るのは部屋のドアをノックして入ってくるいつもの兵士だ。
「フォルクマン隊長、失礼します。今回の作戦について報告があり……失礼しました」
「良いんだ。続けてくれ。毎回こんな姿を見せちまって済まねえな……」
俺はこの世界に来てからアストリアと呼ばれる国の騎士として類稀な戦術と指揮能力を評価され、すぐに隊長の座についた。ついでにいつも使っていたライトマシンガンであるH&K MG5もすでに周知されており、その集団に対する制圧力もある意味力を持っている。
「はい。現在アストリア砦でヴァルドラ軍が交戦中ですが、突如ヴァルドラ軍の指揮官が死亡。偵察隊によれば、作戦地域よりヴァルドラ国側に二千メートル離れた先から大砲の音が聞こえたとのことです」
「大砲……? そんな距離から当てられるものなのか?」
「いえ……理論上は砲弾を撃ち出すことは可能ですが、作成地域は全域森林地帯であることもあり、未来予知でもない限りその距離から自国の指揮官を狙って殺すなど……不可能です」
現在、俺が指揮補佐として見ているアストリア砦と、ヴァルドラ帝国軍が交戦中であり、戦況は先程まで劣勢だった。しかし今の兵士の話を聞けば、一気に優劣は傾いた訳だが……引っかかるにも程がある。何故ヴァルドラは自国の指揮官を始末したのだと。
いくら考えても訳が分からない。もう少しでヴァルドラ軍は砦を制圧する所だったというのに。何故だろうと唸っていると、兵士はさらなる追加情報と物的証拠を見せてきた。その時、俺はその証拠から目が離せなかった。
「実は殺された指揮官のそばにこのような物が地面を抉るように刺さっておりまして。フォルクマン隊長が持つ武器の弾丸に形状が似ていませんか?」
「マジかよ……。こいつぁ、知ってる形状では無いが、スナイパーライフルの弾丸だ。しかも大口径の。これなら納得だ。指揮官はヴァルドラ軍が始末したんじゃ無い。第三勢力だ」
「第三勢力!? 一体どこだというのですか! これ以上砦は持ちきれません! それにすない……ぱー? とは……」
兵士が身を乗り出して俺に詰め寄る。だから俺は冷静に答え、簡潔にその脅威を教える。
「スナイパーとは狙撃手のことだ。この世界では馴染み浅いと思うが、こいつが撃った弾丸は二千から三千メートルの距離から正確に、狙った対象を一撃で破壊する威力を持つ。我々の砦が全滅をせられるのも時間の問題だ。どうせヴァルドラの指揮官はもういない。砦の守りを放棄し、今すぐ全員撤退させろ」
偵察隊がある程度の距離と範囲を見つけてくれたが、相手が狙撃手ならば、どこから撃たれているのか完全に把握しなければならない。だがこの世界の人間らには狙撃手の場所を見つけるなんて無理だ。だから俺は少し語気を強めて全軍撤退を命じる。
しかしその時だった。他の兵士が扉を勢いよく開け放ち、伝令が届く。
「フォルクマン隊長! 伝令です! アストリア砦を防衛していた兵士が突然次々と重傷。撤退できません!」
「チッ……! 面倒くせえことしやがって……。しょうがねえ俺が出る」
どうやらスナイパーは砦の兵士を全員殺すのではなく重傷にだけさせていったようだ。これはスナイパーの本来の仕事であり、スナイパーは必ずしも相手の頭を撃ち抜くわけでは無い。むしろ即死させる方が稀と言われるほどだ。
しかし今回はヴァルドラの指揮官を殺害しながら、戦場を荒らすだけ荒らしたということが明確だ。なにも狙撃手にはメリットがないというのに、全く意図が理解できない。
結果、伝令だけが命からがらで俺に報告しにきたようで、現状動ける兵士がそれ以外いないという絶望的状況。今ヴァルドラ軍が体勢を立て直し、もう一度攻められれば砦は間違いなく陥落するだろう。だから今回は唯一狙撃手への知識を持つ俺がいかなくてはならない。
そう言って俺はベッドから立ち上がり、部屋を出た時だった。まさかの相手と鉢合わせした。
「あんたが今回の指揮官か? LMGを持っていると聞いてな。その手に持っているのは……MG5か?」
「お前は……? どういうことだ。狙撃手の次は……」
「こういう時はどっちの呼び方で良いんだろうな。まぁ、もう母国には帰れないだろうし。俺はノア・ブリックス。出身はアメリカ合衆国だ」
俺はしばらく唖然とすることしかできなかった。相手が敵なのかとかの思考も追いつかず、ただ何故アメリカの人間が目の前にいるのか。いつまでも脳の処理が終わることは無かった。
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