プロローグ:壱 亡霊の兵士
俺は死んだ筈だ。誰にも看取られず、掟に従い、自らの手で。頭がかち割れるような激痛で目を覚ます。
石畳の地面で四つん這いになり、周りは薄暗く、金属がぶつかり合う音と、嗅ぎなれた血と火の粉の香り。
「……?」
俺は今どこにいる? もう頭痛も無ければ、赤く染まっていたはずの手も綺麗さっぱり。俺は確かに死んだ。いや、死なないはずがない。奇跡的に生き残ってしまったのなら、もう一度死ぬだけだ。
「あれ……? 無い……」
片手で地面に落ちているであろう物を探す。俺が自ら死を決した道具。慌てて姿勢を直して周囲をさらに見渡す。何処にも見つからないどころか、俺はどこかの地下牢の廊下にいることがはっきりと分かった。
だがそれはレンガ作りのアーチ状の廊下で、無機質に鉄格子の牢屋がずらりと並ぶ。まるで中世時代の作り。ますます訳が分からなかった。
「ははっ……夢?」
全く記憶に無い夢。走馬灯でも知らない光景が出てくる物なのだろうか? とりあえず壁まで擦り寄って一息つく。
その時だった。状況が掴めない俺の目と耳に無理矢理理解させようとする影が近づいてきた。
石畳を歩く金属音、松明の光で反射する鎧。
「まだ生き残りがいたか。罪人の分際で……! 死ね!」
それは中世の鎧を全身に着込んだ兵士。顔は兜で覆われ分からないが、それは俺に向かって剣を振りかぶる。明確な殺意。怒りも私念すらも無い。純粋な相手を殺すためだけに用意された殺意。
これも慣れた感覚だ。だが、相手の思惑で殺されかけるなど、二度はごめんだ。
俺は大きく頭上に振りかぶる剣を目で捉えながら、足払いで相手を転けさせ、覆い被さるように首根っこに腕を回せば、一気に力を込めて絞めあげる。
「な……!? ぐあっ……あ゙ぁ……あ……」
ものの5秒もしない内に気絶。コイツが目を覚ます前にまずは行動しよう。さっきから上から聞こえる音は、誰かが戦っているのだろうか。まず動く前に此処が何処なのかだけでも分かれば良いのだが。
「……!?」
その瞬間、視界に無数の人の影が映り込む。大勢の兵士が剣を持ち、殺し殺される瞬間がぼんやりと分かる。これは予兆ではない。今確かに起きていることだ。原理は分からないが、今俺は天井を透視している。
この瞬間に俺の頭の中でこう考えていた。
どちらに味方すればいい?
恐らく先程殺しにかかってきた兵士は襲撃側だろう。防衛側が地下牢にいる囚人まで殺す理由が無い。なら俺はこの建物を守れば良いのか……?
普通に考えれば俺はどちらの味方でもない。だが今ここを生き残るにはどちらかに付く必要がある。逃げても土地勘が無ければ彷徨うだけになるからだ。
俺は今まで国のために戦ってきた。誰にも知られず、みられず、噂されることもなく、裏から支えてきた。だから今回も――。
俺は防衛側につくことにした。上へ移動する前に装備の確認だ。武器はタクティカルナイフ一本のみ。服装は生前と言ったらおかしいか。吸音性能付きの黒のステルススーツ。後は……暗視ゴーグルと無線機か。
「う……うぅ……」
気絶した兵士が目を覚ますか。そろそろ行こう。
廊下を走れば上へ続く階段を上がり、すぐに無数の兵士が乱戦する大広間に出る。運良く今は夜だったようで、誰の兵士にも見つからないように物陰を使いながら建物の外へ移動する。
「敵は疲弊している! このまま押し切れえええ!」
外に出れば非常に暗い森が広がっていた。正門前で叫ぶ鎧兵士がここの隊長だろうか。客観的に戦況を見れば、建物を防衛する側は既に敵の侵入を許しており、襲撃側は森の奥にさらに伏兵を用意して波状攻撃を仕掛けているようだ。
「全く、俺の目はおかしくなっちまったのか?」
ならばまずやるべきことは……。夜の影に潜みながら、隊長らしき兵士の背後に近づき、首に左腕を回して絞めつけ、右手で片腕を封じ、膝裏を蹴ってバランスを崩し、一気に草むらへ引き摺り込む。この一連の動作を素早く、勘付かれることなく、一瞬も暴れも許さず行う。
「うううっ!? んー!」
「ここの指揮者は何処だ? しーっ」
草むらの中でしゃがみながら、兵士の顎を持ち上げ、タクティカルナイフを喉仏へ垂直に向ける。大声を出そうものならすぐに殺してやると警告するように。
「何者だお前は! そんなこという訳……ひぃっ!」
「言えば今すぐはお前を殺さないでやる。死にたいなら望み通りにしてやるがな」
「わ、わかった! この森の奥先にある丘の上だ……! 逃してくれるんだよな?」
「あぁ、正直者で助かったよ……」
「ごぉっえっ!?」
こんな正直で重要な情報をすぐに漏らす隊長なんて死んだ方がマシだ。俺は感謝を述べてから兵士の喉仏を掻き切った。
これで伏兵は突撃するタイミングを失った。放置していても防衛側はやってくれるだろう。
俺はそれから森の奥へ進み。恐らく敵であろう大きな軍旗を掲げた丘が見えた。だがその時だった。
もうとっくに今の状況はタイムスリップでもしたのだろうと勝手に理解しているが、ここが中世ならあり得ない物に俺は攻撃を受ける。
「さて、あの上か……なっ!?」
丘の上で踏ん反りかえる敵大将の、さらに背後に見える鬱蒼と木々が生えた高台より、一瞬見えたのは月光を反射した閃光。俺はそれが何かをすぐに察し、真横へローリングして物陰に隠れる。
その同時。まるで戦車砲が放たれた爆音を響かせて、俺がいた地面を大袈裟に破壊した。
「なんだこの馬鹿みたいな威力は!?」
それは十中八九。対物ライフルからの狙撃だった。
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