第3話 廃れた山寺
九州の山にフィールドワークで足を運んだ際の話です。地元に帰省した際、車で行ける距離であったことから以前から登ってみたかった山に行く事にしました。
この山の中腹には、以前使われていた山寺が残っており、現在は休憩所として使用されています。打ち捨てられたと言うわけではなく、進む世の高齢化について行けず利便性の良い場所に移設されたと言う場所です。
解体を行うにも費用が普通よりかかるらしく、山に行く人の為になればと管理者が舵を取ったと聞いています。よくインターネットなどで、登山中の人が奇妙な廃神社や廃寺を見つけたと言うのが報告されていますが、罰当たりな行いという訳でもなく、こうして様々な理由でそのままにされている神社やお寺は存在します。
事前に連絡すればレジャー目的でないのなら素泊まりもして良い、その代わり管理している所に「感謝のお気持ち」を支払うと言うシステムになっていました。
私は迷わずに申し込みをして、移設されたお寺でラミネートされた簡素な許可証を受け取った後、山寺を目指しました。
特に山の方に興味があったわけではなく、その山寺に設置されている山の歴史やその他の資料に興味があった為です。同じ物の写しや製本された物は移設後の寺でも見せてもらえる訳ですが、ゆっくり時間をとって読み込む、なんてことは出来ません。
その為、雰囲気を味わうと言う意味でも山寺への宿泊を希望しました。まだ私も若かったなと今では思います。そう言った「何かやってやったぞ」と言う実績づくりや経験の為だけに変わった事をするのは、結局何の足しにもならないんだぞ、と分かるのはそれから10年は経った頃でした。
道中は「昔整備されてたんだろうな」と言う程度の道でしたが、今でも山歩きをする人が多いとの事で特に問題も無く目的地へ到着。共通の鍵を使い中に入り「宿泊者あり」の札を出して準備完了です。
とは言え特にやる事も無いため、建物の内外を周り写真を撮ったり、書棚に並べてある書物を読みながら、のんびりと解読してみたりと意外とゆっくりと時間は過ぎていきました。
ビジネスホテルに泊まるより特別感があっていいな、なんて思っていたのですが夜になって問題点に気がつきます。室内が薄暗過ぎたんです。宿泊してはいますが、よく考えなくてもお寺は宿泊施設ではありません。
どこから電気を取っているのか、裸電球数個と出発前に渡された大きめの蝋燭数本の明かりしか無く、活動できなくはありませんが書物を読むにも難儀する具合でした。一番困ったのは目のつく所にコンセントの類が無く、携帯電話も充電できなかった事。電波も悪い場所だったので、充電もどんどん無くなって行きます。
万が一何かあった際に外部と連絡が取れないのでは問題だ、と判断してその日は携帯の電源も切って夜を明かす事にしました。そうするとやる事も無くなるので、引き続き書物とレポート用のノートを並べて調べ物をする事に。
22時を回った頃だったでしょうか、これまで頼りにしていた裸電球がパッと明かりを失います。もういい大人だと言うのに「わっ」っと声を出して辺りを見回してしまったのは今思うと恥ずかしいですね。
恐怖に包まれながら考えていると、管理人さんに「消灯時間になると電気消えちゃうから、そしたらこの蝋燭を使ってください」と言われていた事を思い出します。なんだ、そうだったそうだった、と独り言ちますが更に問題に気がつきます。
あの蝋燭はこの時間から使用する為の物だったんだ、と。私は書物を読む為に、光量の足りない裸電球と一緒に蠟燭を長時間使ってしまっていました。もう残り半分も無い状態だったと思います。
これでは夜中トイレに行くにも何をするにも明かりを失ってしまう。流石にそれは勘弁してほしいと思い、今夜はもう寝てしまおうと考えました。室内には布団の類はありません。明かりがついている内に、寝袋を広げ、明日下山する際に楽が出来るように荷物をまとめます。
数分で用意は終わり、さて寝るかと言う段になって、ふと気がつきます。この時間まで書物を読んでいましたが、切り上げる事にした為まだ読んでいない物が1冊ありました。最後に取って置こう、と楽しみにしていた物で、製本されてはいますが現代の装丁ではなく紙に穴を空けて紐でまとめたタイプの古い物でした。
中を見ても達筆な筆文字が二段に分かれて書かれており、こう言う珍しい物が読みたかったんだよと嬉しくなったのを覚えています。しかしこのままだとこの書籍を楽しむ時間はありません。よく考えた結果、この書物は持って下山しようと言う考えに至りました。
盗むと言う事ではなく、下山した際に移設先のお寺に留まって読ませてもらえば良いと思いました。明日になったら電話をして許可を貰い、駄目だったら諦めようと。そもそも中の文字も読めないので、お寺の詳しい方に聞いてみるのが一番良いなと都合の良い事を考えます。
忘れてしまっては意味も無いので、一旦荷物の中に書物を突っ込みバッグを閉じました。蠟燭の灯を消し眠りにつきます。
運動をろくにやらなくなって久しいため、登山でつかれていたのでしょうか。直ぐにウトウトしてそのまま眠りにつきました。
どれくらい時間が経ったのか分かりませんでしたが、物音で目が覚めます。
「トントン」
両開きの戸を軽くたたく音。寝ぼけた頭で「風が強いのかな」なんて思いながら暗闇で目を開きます。まだ朝になっていないし、仮に人が来てもそれぞれ鍵を持っているので勝手に入って来れる。なのでこれは戸の立て付けの問題である。
ぼやーっとそう言う事を考えながら微睡んでいると「トントン、トントン」と音が定期的に続きます。うるさいな、とモゾモゾしていると「~~~~~」「トントン」と戸が鳴る音に被せて何かが聞こえます。
「トントン」
「~~~~~」
「トントン」
「~~~~~」
人の気配と言いますが、これは誰かいるんじゃないか?と言う空気を感じました。もしかして中に入れず困っているのではないか。と言うか何か用事があって誰かが来ているのではないか。戸を叩く音の規則性から、明らかに人為的な物を感じて起き上がります。
枕元の蝋燭に明かりをつけ「はい、どうかしましたか?」と部屋の中央から声をかけます。すると戸を叩く音はピタリと止みました。その代わり
「~~~~~」「~~~~~」と人の声らしき音が続く様になりました。
あ、本当に人だったんだ。と思い、起き上がって戸の前に行きます。鍵に関しては南京錠が外に付いており、取り外した鍵を室内にある同じ作りの留め具に施錠すると言う方式になっています。自分が入った時の事しか考えていませんでしたが、よく考えるとこれでは外の人は自由に鍵を開けて入って来れません。
申し訳ない事をした、もしかしたら自分が寝ている時間も外の人はずっと入れずに待って居たのではないか。そう思うと「やらかした」と言う考えで頭が一杯になり、寝袋の所へ戻り南京錠の鍵を取り出します。
「今開けますね」
と声掛けし、さあ開けよう。と言う段になり違和感に気がつきます。戸の目の前に来ているのに全く相手の言葉が聞き取れないんです。
「~~~~~」「~~~~~」と何か言っている、明らかに人がいるのは分かるんですが、こちらかの声掛けに対して何をしゃべっているのかさっぱり分かりません。
「あの、失礼ですがどちら様ですか?お寺の方ですか?声が聞こえにくくて」と大きめの声で問いかけますが「~~~~~」と言う、聞き取れない程度のボソボソとした声が続くばかり。
埒が明かないので一旦鍵を開けて直接話そう、と思い南京錠を開け戸に手をかけたその時、フッと明かりが消えます。
しまった、蝋燭が終わってしまった。
「すいません、明かりが消えてしまって」と戸を開け、顔を出します。月明りで薄っすら見える外には誰も居ませんでした。身体を少し部屋から出し左右を見ますが、やはり誰も居ません。
あれ、どういう事だろう。と暫く固まっていましたが、取りあえず外の明かりがさし込んでいる内に書棚の近くで使っていた蝋燭まで戻り火を付けます。その後一旦戸を施錠し寝袋へ。
まだ寝ぼけていたので、ボーっとする頭で考えますが、腕時計を見ると夜の2時。そもそもこんな時間に人なんか来ないんじゃないか。と言う事は風の音などに寝ぼけた自分が一人で受け答えをしていたという、間抜けな状況だったんじゃないかと納得する事に。豆知識ですが、伝承的にもこうした状況を妖怪や幽霊の仕業として残した逸話などは世に多数存在します。これはフィールドワークの土産話になる、収穫としては良い結果。
自分がただ間抜けだった事を正当化する都合の良い思考を一通り巡らせ、再び明かりを消して眠りにつきます。
しかし今度は眠れなくなってしまいました。一度目が覚めた為、家鳴りや外の音が気になってしまって頭が起きてしまった様でした。目を開けても辺りは真っ暗、そのうち眠たくなるかと思いボーっとしていると
「~~~~~」
また先程の声の様な音が聞こえます。風が強いのかな、と思いましたが徐々にその考えは薄れてきました。
「~~~~~~~~~~」
「~~~~~」
音の感じが明らかに人が喋っている様な、抑揚のある感じと言うのでしょうか。会話じゃなくて、今でいうネット配信の配信者が喋っているのを聞いている様な感覚。誰かがずっと一人で喋ってるなと感じました。
そうなると急に怖くなり、金縛りとまでは行きませんが全身がグッと固まります。何が起きてるんだろう、夢?いや、でも横になったばっかりだし、などまとまらない考えが頭の中でグルグル回っていました。そうしていると
「あーーーーー」
顔の直ぐそばで声が聞こえました。そばと言うより、寝ている自分の顔の上。人がいるとしたら身体を跨いで顔を近づけられているか、枕元から除きこまれているのか、それ位の距離感でした。
ビクッともできませんでした。本来もっとワッとリアクションを取りそうな物ですが、体が動かない、顔の筋肉が動かない、今度は本当に金縛りの様な状態でした。冷汗が止まらず、体も動かせず、顔の前では「あーーーーー」と言う声が続く。
目の前で声を出されている筈なのに、息の温かさも感じない、空気の動きも感じない、ただひたすら声が続いている状況でした。
時間の感覚はもうありません声が続き、私は動けない、一生続くのかと思える長い恐怖の中で声が止まります。終わった?でも身体も動かないし声も出ない。そう思って入ると
「置いてけ」
野太い男性の声が一言だけ、今度は左耳の横で聞こえた瞬間、一気に身体が動くようになり「あぁああ!」と声を上げて飛び起きました。寝袋に入っていたので布団から出る様にうまくいかず、ゴロゴロと転がってしまいました。
必死で寝袋から這い出て、先ほど交換した枕元の蝋燭に火を付けます。心臓はドキドキしたまま、汗びっしょりでその場で息を荒くします。
もちろん周りには誰も居ません。
「置いてけ」
何を?今のは何?色々な事を考えましたが、ハッと気がつきます。
あの書物か。
ここで何かあるとしたらそれしかない。鞄をひっくり返して書物を取り出し、大慌てで書棚に戻しました。胸の前で合掌し「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返し唱えます。勝手に持ち出そうとしてごめんなさい、もうそんな事考えません。ひたすら謝罪の言葉を思い浮かべながら頭を下げます。
結局その後は眠る事も出来ず、ろうそくの火が消えるまで待ち、日の光を感じるまでは携帯の電池が切れるのも気にせず、自動電源オフの設定を解除して明かりを確保、その前で体育座りをして時間を潰しました。
外が薄っすら明るくなって来たら直ぐに荷物をまとめ、義務付けられた室内の掃除を行い戸を施錠して下山しました。朝早くまだタクシーも捕まらなかった為、下山後は40分ほど歩き、車を停めている移設先のお寺へ。
お礼を言った後に事情を説明しましたが、あの書物の写しはここには無い事、口に手を突っ込まれたりしませんでしたか。と言うゾッとする質問をされ、そういう事は無かったと返事をしました。なら大丈夫でしょうと、その後に少し御本堂で読経して貰い帰路につきました。
それ以降は何も身の回りで起きていませんが、今でもイヤホンで音楽を聴いて居たり、ヘッドホンを付けてパソコンで動画を見ている時に「~~~~~」と聞き取れない他の音が聞こえたりすると、反射的に振り返ってしまいます。電車の中でも遠巻きでボソボソと人が話している声が聞こえると、実際にそこに人がいるのを確認するまで安心できなかったりと、あの頃に受けたトラウマは結構な物です。
以降、私は何をするにしても事前に許可を取って(当たり前ですが)、相手が面倒になる程細かく物事を確認してから何事にも手を付ける様になりました。
このレポートを書いている今も音楽を聴きながらキーボードを打っているのですが、いつまた「~~~~~」と聞き取れない他の音が聞こえてこないか不安です。
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