第4話 お稲荷様は見ている
20歳になったばかりの頃の話です。私は高校生時代は部活動に明け暮れ、趣味であるフィールドワークの機会が限られていました。そのため、上京してアルバイトで貯めたお金を使い、さまざまな旅行を楽しんでいました。大学の単位を調整し、長期の旅に出ることもありました。
日本中を歩き回る今とは違い、当時はまさにこれから多くのことを見聞きしようという時期でした。そんなわけで好奇心旺盛だった私は、部活漬けだった青春を取り戻すかのように、さまざまな土地を訪れました。
ある日、フィールドワークで交流していた友人から、珍しいお稲荷様があると連絡を受けました。休みを合わせて一緒に向かうことにしました。当時はまだガラケーの時代で、スマートフォンのようにすべてを一台で済ませることはできませんでした。デジカメや地域の歴史資料など、荷物をリュックに詰め込んで現地へ向かいました。
そのお稲荷様は山の中にあるとされ、所謂「穴場スポット」と言われていました。ネットの掲示板で調べたところ、道中がかなり険しく、冷やかしで訪れる人が少ないという背景があるようでした。
私は山生まれ山育ちで、高校卒業まで道とも呼べないような山道に囲まれた生活を送っていたため、道中の険しさには自信がありました。気を抜かないよう装備をしっかり整え、大きな荷物を背負って挑むことにしました。
観光用のバスで山の方へ進み、終点の温泉宿には行かず、3つ手前の山道の入り口で友人と一緒に降りました。安全を考え、時間は午前中に設定し、ルートも確認済みでした。さあ登ろうというとき、後ろから声をかけられました。どっしりとした体格の僧侶の方でした。修行僧でしょうか、一目でそうとわかる出で立ちで、丁寧に頭を下げて挨拶してくれました。
こちらも挨拶を返し「どうされましたか」と尋ねると「お二人はこの山を登るのですか?」と聞かれました。
「そうです、珍しいお稲荷様を見に行きます」と目的を告げると「そうですか」と答えた後、少し考え込む様子で「お気を悪くしないでいただきたいのですが」と続けました。
僧侶の方によると、私たちにはこの山のお稲荷様には向かってほしくないとのことでした。突然の言葉に戸惑っていると「お二人はお稲荷様を【見たい】からここに来られたのですよね?」と聞かれました。その通りだと答え、珍しいお稲荷様だから一目見てみたいと伝えました。すると、深く頷いた僧侶の方が「だから良くないのです」と説明してくれました。
「お稲荷様は見世物ではありません。この場所に足を運ぶなら、お稲荷様への敬意を持っていないと悪い影響があります。繁栄を叶えてくれるお稲荷様もいますが、そうではないものもあるのです」
大まかに言うと、こうした内容でした。確かに、完全にミーハーな気持ちで足を運んでしまったと自覚し、深く反省しました。同時に、縁起の良い存在だと思っていたお稲荷様に対して「そうではない」という話に興味を引かれました。一体どういうことかと、僧侶の方に質問しました。
お稲荷様と聞くと、多くの人が足を運び、信仰を集める存在だと考えがちですが、僧侶の方の説明では事情が異なるようでした。
「繁栄を願って祀られたお稲荷様」「繁栄したから感謝の気持ちで祀られた」など、さまざまなパターンがある中、この山のお稲荷様は前者に該当するのだそうです。しかし、その役目を果たせず、この地域は栄えることなく衰退していったのだと。お稲荷様が悪いわけではなく、時代や環境のせいだと話してくれました。
人々はお稲荷様にご利益を求めますが、それが叶わず、目の前の民が苦しみ、息絶え、去っていくのを、お稲荷様はただ見ているしかなかった。そして、長い間、誰からも拝まれることなくこの場にあり続けた存在だというのです。今、人が戻ってきたこの土地では、お稲荷様はもはや人を救うためではなく、誰でもいいから呼び寄せる存在になっているのだと。
「あなたがたのように『呼ばれて』来る人も少なくない」と、僧侶の方は静かに語りました。
私たち2人も、お稲荷様を見たらこの土地を離れるつもりでした。自身を信仰しに来たと受け入れたお稲荷様から離れるのは、どれだけ危険なことか。気の持ちようと言ってしまえばそれまでですが、良くないことだと感じました。この道でバスから降りる人は地元の人でも一握りで、普段は僧侶のような方々が修行として訪れる場所なのだそうです。
面食らいましたが、敬意を持たずに足を運ぶのは確かに良くないと、友人とその場で話し合いました。僧侶の方を見送り、その日はお稲荷様には向かわず、バス終点の温泉宿で観光を楽しむことにしました。
去り際に、僧侶の方からもう一つ忠告を受けました。「ここ以外でも、お稲荷様を写真に収めるのは、理由がなければおやめなさい。撮った写真を通じて、お稲荷様からあなたがたが見えるようになります。良くないお稲荷様だった場合、忘れていてもずっと覗かれますよ」
そう話すと、僧侶の方はバスにも乗らず、道を下っていきました。思わぬところで貴重な話を聞けたと友人と話し、目的は達成できなかったものの、景色を撮影したり温泉に入ったりしながら、楽しい旅行になったと記憶しています。お酒を飲み、2度目の温泉を終えた後、友人も私も早々に眠りにつきました。
翌日何事も無く帰路につき、また普段の生活に戻ります。
しかし、数日経った夜から奇妙な夢を見る様になりました。温泉宿で眠りについた所から始まり、私は薄暗い山道を歩いていました。足元には苔むした石が転がり、遠くで狐の鳴き声が響きます。振り返ると、赤い勾玉が宙に浮かび、私をじっと見つめているのです。その視線は、まるで私の心の奥まで覗き込むようで、目が覚めても胸のざわめきが消えませんでした。
友人も同じような夢を見ていました。ボロボロの狐が彼を追いかけてくる夢だと言い、夜中に何度も目を覚ますようになったと話しました。最初はただの夢だと笑い合いましたが、更に数日経っても夢は止まず、むしろ鮮明になっていきました。
友人の顔には疲れが溜まり、目に見えて憔悴していくのがわかりました。私もまた、毎夜のように狐と勾玉の夢に悩まされ、昼間でも背後に視線を感じるようになりました。まるで、何かが私たちを呼び続けているようでした。
一月ほど経ちましたが、その感覚は消えませんでした。街の喧騒の中でも、ふとした瞬間に冷たい風が首筋を撫でるような気がしました。友人はさらに悪化し、家に泊まりに行っても夜になると部屋の隅を見つめて「ありがとうございます」とつぶやくようになりました。
彼の話では、夢の中の狐は日に日にやつれ、目は血走り、牙を剥いて追いかけてくるのだと言います。私はまだそこまでひどくはありませんでしたが、勾玉の赤い輝きが瞼の裏に焼き付いて離れず、夜が怖いと思うようになりました。
友人の様子があまりにもおかしくなったため、2人でどうにかしなければと話し合いました。藁にもすがる思いで、当時の旅行の荷物を漁ってみました。すると、今は使っていない古いデジタルカメラに、異様な写真が何枚も入っているのを発見しました。
撮影した覚えのない、そもそもあの山の奥まで行った覚えのない我々には撮影できない写真です。薄暗い山道、苔むした古い祠、赤い鳥居が不気味に並ぶ光景。そしてどの写真にも、遠くにぼんやりとした白い影が映っていました。狐の形をした影でした。心臓が締め付けられるような恐怖に襲われ、カメラを手に持つことすら怖くなりました。
慌てて地域のお寺に相談に行きました。住職は写真を見て顔を曇らせ「あちらのお稲荷様からこちらが見えている」と言いました。
「山に入る前に何か忠告を受けませんでしたか」と聞かれ、修行僧からの助言を思い出したことを伝えました。すると、住職は静かに言いました
「あなたがたはお稲荷様からまだ呼ばれているのです。このお稲荷様は、かつて人々の願いを叶えられず、長い間忘れ去られた存在です。あなたがたがその山に近づいたことで、関わりを持ってしまったのです」
背筋が凍る思いでした。住職は、デジタルカメラをお焚き上げすることを勧め、さらに地域内の別の神社にも行くよう助言しました。
「お稲荷様との縁を断ち切るには、きちんとお参りし、敬意を示す必要があります」とのことでした。私たちはすぐに指示に従い、カメラをお寺でお焚き上げしてもらいました。
その後、近くの神社でも祈祷を受けました。神主さんも神妙な声で「お稲荷様は一度関わった者を簡単には手放しません。心から詫び、敬意を払いなさい」と話してくれました。
私たちは神社の鳥居をくぐり、冷たい石畳の上で額を下げました。参拝中、背後に何か気配を感じましたが(友人も何かが背後を歩き回っている感覚を覚えたと言います)振り返る勇気はありませんでした。
神社へ行った事をお寺へ連絡し、その後お寺ではさらに読経をしてもらい、住職が「これで縁は切れたはずです」と言うのを聞いて、ようやく肩の力が抜けました。
それ以来、夢はぴたりと止み奇妙な視線も感じなくなりました。友人も少しずつ元気を取り戻し、普通の生活に戻ることができました。ノイローゼ気味だった彼の顔にも、笑顔が戻るようになりました。ですが、あの山での出来事は、私たちの心に深い傷を残しました。
数年経った今でも道端でお稲荷様の祠を見かけると、無意識に頭を下げてしまいます。友人はなおさらで、街中で小さな祠を見つけると、立ち止まって手を合わせ、時には震えながら祈る姿を見せます。
彼は「あの狐がまだどこかで俺を見ている気がする」とつぶやき、夜道を歩くのを避けるようになりました。私もまた、ふとした瞬間に赤い勾玉が脳裏に浮かび、その度に心臓が締め付けられるような感覚に襲われます。部屋の暗がりで、遠くから視線を感じることがあり、思わず電気をつけてしまうこともあります。
あの山のお稲荷様は、私たちを確かに見ていました。いや、今も見ているのかもしれません。解決したはずなのに、なぜかその恐怖は消えません。普通の生活に戻れたことに感謝しつつも、私たちは一生、あのお稲荷様の影に怯えながら生きていくのでしょう。
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