4-6
こうした経緯を経て、俺、オイラー、ゼインの三人は特別看守棟エリアにいた。
デンバーとクレット……そしてゴブレットがいる場所だ。
途中でチーフの看守二人を各個撃破している。とはいっても、オイラーの変装に油断した看守を背後から気絶させるのは容易だった。わざわざ描写するまでもない。
これでこの特別看守棟に残っているのはデンバー、クレット、ゴブレットの三人だけ。
しかし、問題はここからだ。デンバーとクレット。この二人は狡猾な上に強力な能力を持っている。一筋縄にはいかせてくれないだろう。
……それに看守棟に向かった囚人たちが上手くやっているのかも心配だ。彼らには複数人のグループになって、残る十八人の看守たちを無力化してもらう。
担当分けをして、オイラーの『変装能力』、ゼインの『索敵能力』をペーストしているが、ここまでリハーサルをする時間がほとんど取れなかった。
だが、もう俺には信じることしかできない。唯一できるのは、一秒でも早くゴブレットたちを無力化することだ。だから、モタモタしている暇はなかった。
「なぁ、ケータ。看守は一人も殺さないんだよな?」
「そうだな。できれば殺したくはない」
看守を殺すのが確実なのは分かっている。
それでも殺人という手段をギリギリまで使いたくなかった。
もちろん必要とあれば相手の命を奪う必要はある。そこは履き違えていない。囚人たちには自分や仲間の生命が危険に晒される場合は、殺人も止むなしと伝えている。
しかし、俺の仲間としてやっていく以上、命を軽はずみに扱うような人間にはなってほしくない。綺麗事、甘ちゃん、偽善、何とでも言ってくれ。ただ、人が人の命を奪うという行為の重大性を理解して欲しいのだ。
————命は重い。
平和な日本に暮らしていると忘れそうになるが、とても大事なこと。
「ゼインさん、そのことはさんざん話し合ったじゃないですか。たしかに仲間を殺されたゼインさんの気持ちは分かりますけど……」
「いや、オイラー違うんだ。俺はケータについていくと決めた。だからケータの考えには従うつもりだ」
「ならどうして……?」
「逆にオイラーは気にならないのか? ケータの指示で俺が持たされているこの物騒な斧について!」
「あぁ、たしかに! ケータさん殺しはしないんですよね!?」
念のため、ゼインには作業で使っていた斧を携帯してもらっている。
「その辺は気にしないでくれ。……なるべく使わないようにはするさ」
そう、使わないに越したことはない。
これを使うとき、それ相当の覚悟が必要となる。……果たして、俺にその判断をくだせるかどうか。
「さて、おしゃべりもこれくらいにして始めるぞ」
俺は扉の向こうにいるデンバーに向かってとある能力を使用する。
「んーあ。ちょい呑みすぎたかな。ちょっと用足してくるわ」
「いらん報告すな。勝手に行ってこいよ」
————よし、上手くいったみたいだな。
「デンバーが出てくるぞ。隠れよう」
ここにいたらデンバーと鉢合わせてしまう。
俺たち三人は物陰に隠れて様子を伺うことにする。
「……行きましたね」
「よし、あとは頼んだぞ、オイラー」
「頑張ります!」
俺がデンバーに向かって使ったのは『尿意を加速させる能力』だ。
囚人の一人が持っていた能力。一見使いづらい能力だが、工夫することでいくらでも使いようがある。
目的はデンバーとクレットの分断。
デンバーの『鎖で拘束する能力』、クレットの『透明化の能力』、この強力な二つの能力を同時に対処するのは難しい。
だから、俺たちは各個撃破を目指すことにしたのだ。
オイラーには変装能力を使って、デンバーがこちらに戻ってくるのを阻止してもらう。そしてその間に、俺とゼインでクレットを無力化する。
「いくか、ケータ」
「あぁ。一応、ゼインの能力をコピーさせてもらうぞ」
これで準備万端。あとは部屋の中で油断しきっているクレットを倒すだけだ。……この間は散々やられたからな。ここでその借りはきっちり返させてもらう。
「三・二・一で突入しよう」
「オーケイ。二人でクレットに殴りかかる。ちなみにその斧は使うなよ?」
俺とゼインは突入の段取りを決めた。オイラーが足止めしてくれるとは言っても、デンバーが戻ってくるまでそう長くはない。
俺は三本の指を立ててカウントを開始する。三・二・一、扉を開け放った。
『うおおおおおおおおお————い、いない!?』
そんなバカな。あの扉は常に見張っていたはずだ。扉を開けて出てきたのはデンバーだけのはず————まさか!?
「ひゃっひゃひゃ。所長の言う通り警戒していてよかった。通りで様子がおかしかったわけだなぁ。まさか脱出を企てるとはなぁ!」
どこからともなく聞こえてくる声。……やられた。
すでにクレットは透明化の能力を発動していたのだ。しかもあのゴブレットが警戒の指示を出していたとは。
やはり、どこまでも抜け目がない男だ。
「ぐはっ!」
「まさかロブナード、貴様が裏切るとはなぁ。あの拷問を見てよく脱出しようだなんてバカなことを考えることができたな?」
不可視の攻撃。ノーガードで顔面を殴られたゼインは完全にノックアウト。
いくら鍛えていてもこればかりは対処のしようがない。ゼインは意識を失い床に倒れてしまった。
「ちくしょう! クレットぉおおおお!」
「いくら吠えたって無駄無駄。お前には俺を視認することはできない。ゆっくりと痛ぶってやるから覚悟しておきな。大丈夫、殺しはしない。このあとで、死よりもつらいお楽しみが待っているんだからなぁ!」
ひとまず顔面はガードする。ここで俺が倒れたしまったらおしまいだ。
「おいおい、それだとここがガラ空きだぜ?」
「ゲホッ!」
息ができない。全力でみぞおちを殴られた。
倒れそうになるが何とか踏みとどまる。もう少し、もう少しだけ持ってくれ!
「ひゃひゃひゃ、これじゃあこの間の再現じゃないか! 結局のところ、ヒューマンのような劣った種族では我々エルフには敵わないんだよ!」
それからも不可視な攻撃は続く。後頭部、脇腹、脛。
顔面やみぞおちを守っていれば他の急所を狙われる。抵抗してやみくもに拳を振り回しているがクレットにはかすりもしない。
「はぁ……はぁ……」
「今回はしぶといな。まったくゴキブリみたいな野郎だ。だが、これで最後だあああああああああああ!!」
———なんとか間に合ったな。
位置情報、対象の動き、攻撃パターンを予測するために何度か殴られる必要があった。
だが、おかげで俺はやつの不可視の攻撃を回避することができる。
「なぜ避けられる! お前には俺の姿は見えていないはずだ!」
「別に見えてはいないさ。あんたの気色の悪い顔なんてな」
「な、なら! どうしてだ! どうして、俺の攻撃を避けることができるんだ!」
「見えてはないが……位置は分かる」
ゼイン、お前の能力使わせてもらったぜ。
俺は『索敵能力』を駆使し、透明化したクレットの位置を割り出したのだ。基本的に索敵能力は、対象の細かい動きまでを捕捉することはできない。ただ、たとえ部屋の中での移動であってもごくわずかだが変化はある。
その微妙な変化と実際にどこから殴られたかの情報を照らし合わせ、索敵能力で表示されているクレットの位置と現実での位置を重ね合わせることに成功した。
これでもう奴の拳が届くことはなくなった。
「そんなのハッタリだ! くそ、しねえええ!!」
「……位置さえ分かってしまえば大したこともない。あんたは武術の達人でも何でもないからな。あんたの敗因は能力に頼りすぎて、純粋な戦闘力を磨かなかったことだ」
難なくクレットの攻撃をかわす。
見えていなくても、どこから攻撃されるかが分かれば何の問題もない。
「くそが! だがそれはお前も同じこと! 時間さえ稼げばデンバーが——ぎゅべぼっ!」
「いいや、俺には武術の師匠がいてな。まだまだかじったばかりだが、あんたみたいなゲス野郎を倒すことくらい造作もないんだ」
クレットの身長や体格を考慮して拳を振るったが、どうやら見事に顔面を捉えたようだ。
手に伝わってくる感触とクレットの情けない声から間違いない。
——付け焼き刃ではあるが、『師匠』の特訓は功を奏したようだ。
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