4-5
『点呼終了しました!』
しばらくして、各見回り担当者が集まって報告を行う。全担当者が「異常なし」と報告していた。……それはつまり第二段階もうまくいったと言うことを意味している。
「それでは消灯とする!」
仕事を終えた看守たちは、自分たちの暮らしている看守棟に向かって歩き出す。これから酒でも飲んでバカ騒ぎすることを考えているに違いない。
「おい、ピーターいくぞ」
「…………ん、あ、俺のことか」
俺が変装している看守はピーターというんだったな。
あぶない、あぶない。きちんと反応しないと怪しまれる可能性がある。
「どうした? 調子でも悪いのか?」
「いや、別にそういうわけじゃない……っす」
「なら早くいくぞ」
……このまま一緒に看守棟にいくわけにはいかないんだよなぁ。
「あの、自分ちょっとトイレに」
「そんなの部屋に戻ってからすればいいだろ」
「いやー…………あ、その自分、外で出すのが好きなんですよ」
「うわ、気色悪」
「そういうことなんで!」
看守はドン引きしていた。うん、さすがにピーター君に悪いことをしたな。
「勝手にしろ……。消灯はするからな!」
かなり無理はあったと思うが、なんとか見逃してもらうことができた。それから数分もせずに監獄エリアの灯りが消える。
あたり一面暗闇に包まれた。深い闇。本能的に恐怖を覚えてしまうもの。
しかし、悪巧みをするにはもってこいの環境ではある。
「二人ともよくやってくれたな」
俺は蝋燭の光を頼りにとある監房の前まで向かった。そう、俺とオイラーの監房だ。考えてみてくれ。今この監房には誰もいないはずだ。俺もオイラーも変装しているわけだからな。
……しかし、この監房には二人の人物が収容されていた。
「看守も分からなかったようです」
「普通に素通りでした」
二人には俺とオイラーの代わりに点呼をしてもらったのだ。もちろん、看守もバカじゃない。中にいる人物が別人になっていたらスルーするわけない。
————それにはきちんと理由がある。
「それにしても、自分と会話をするっていうのも不思議な感覚だな」
監房の中にいたのは紛れもなく左右田慶太とオイラー・キリエスだった。たまたま囚人の中に自分たちのそっくりさんがいた……なんてことではない。
「本当にオイラーさんの『変装能力』って便利ですね」
そういうことだ。この二人には変装能力を使って、俺とオイラーに成りすましてもらった。
「いやいや、一番すごいのはソーダさんの————」
「……来たな」
彼の言葉を遮ってしまい申し訳なかった。
それでも、功労者の二人がやって来たからには反応せざるを得なかった。
「待たせたな。ケータ」
「ケータさん、うまくいきましたね!」
暗闇からゼインとオイラーがぬるりとあらわれた。
「どうやら、そっちもうまくいったようだな」
「あぁ、協力してくれる囚人全員を監房から出したぞ」
手元の灯りをゼインの後方に向ける。
そこには数十人の囚人たちが控えていた。看守が見たら大騒ぎするような光景だ。
今回の作戦に協力してくれる全ての囚人だ。さすがに子供や老人に手伝わせるわけにも行かなかった。それでも、それ以外全員がこの作戦に協力してくれた。
もし失敗したら死ぬ。そのリスクを許容して、俺の作戦にBetしてくれた。
「ゼイン、助かった。それと二人も」
自分とオイラーの代わりを担ってくれた二人に感謝する。
この二人の役割。これがなければこの作戦を実施することはできなかった。
「いやぁ、こう簡単に自分の能力を使われちゃうのも複雑ですね」
「そう言うな。オイラーの元の能力があったからこの計画も実行に移せたんだぞ?」
「それを言ったら、ケータさんの本当の能力があったからですよ。『コピー&ペースト』でしたっけ? 能力をコピーするだけじゃなく、それを他の人間にも使えるようにする。……こんなの規格外ですって」
「……見つけられたのはオイラーのおかげだよ」
俺の能力はコピーだけにとどまらなかった。この作戦を実行できたのは、あのときのオイラーとの何気ない会話のおかげだった————
「そうは言いますけど……。ケータさんのコピー能力だってわりと最強じゃないっすか」
「ははは、譲渡できるなら全然そうするんだが————ん?」
このとき、俺は思ってしまったのだ。
コピーとペーストはセットじゃないかって。コピペなんて言葉があるくらいだし。
それに根拠は他にもあった。感覚的なもので言葉にするのは難しいが、コピー能力を使っていてもどこか違和感があった。
自分の能力を十全に使えているという感覚が希薄だったのだ。なんというか、背中がむず痒い感じだ。……だから、俺は確認してみることにした。
「なぁ、オイラー。一つ試させてくれ」
このとき自分がコピーしていたゼインの『索敵能力』を、オイラーにペーストできないか実験したのだ。——そして、その結果。
「け、ケータさんこれって!?」
見事にオイラーは『索敵能力』を使うことができるようになった。
こうして理解したのだ。俺の能力は相手の能力をコピーするだけではなく、それを他の誰かに貼り付けることもできるのだと。
それから何度か実験を重ねていくうちに、能力の概要を大方理解することができた。
・ペーストは人数の上限なく行うことができる(試したのは七十人程度だが)
・ペーストした能力は三時間程度で使えなくなる
・一度ペーストをしてしまうと、三時間経つまでは別の能力をペーストできない
・『コピー&ペースト』の能力自体をペーストできない
第二段階の作戦を実行するにはこの力が必要不可欠だった。
俺とオイラーが点呼に応じられない以上、誰かしらの代理を立てる必要がある。それも俺とオイラーの姿をした状態で。
その問題はオイラーの『変装能力』をペーストすることで一気に解決した。
協力してくる囚人の中から、俺が巡回を担当する予定のエリア(ロブナードがいる)に収容されている二人を選出する。そしてその二人には『変装能力』をペーストし、俺とオイラーの身代わりをしてもらう。
当然、俺が見回りする予定のエリアなので二人の不在は問題にはならない。
……とはいっても、この作戦を実施する上で二つの検討事項はあった。
そもそも身代わりを用意しないで、俺とオイラーのエリアを見回る看守に成り代わればよかったのではないのか。当日に担当の変更があった場合はどうするつもりだったのか。
前者は直前までエリア担当者を特定できなかったため断念した。どうやらゴブレットは相当、俺とオイラーの動向に注視しているらしい。そのため毎回エリア担当が違う。おかげさまで、担当のパターンを最後まで推測することができなかった。
後者については対策を講じていた。もし、担当が違った場合は「チーフに言われてここを担当するように言われてたんですけど……」と担当エリアの齟齬を指摘する。
そして、チーフに変装したオイラーを連れて来てそのことを証明してもらう。
だが、この作戦はなるべく使いたくなかった。もし、チーフより上の役職者が担当を指示していたら? その時点で詰みだ。
そうなったら、最後は武力行使……という手しか残っていなかった。
トントン拍子で進んだように見えて、それなりに危ない橋は渡っていたのだ。
「何はともあれ。ここまで上手くいっているのは全員の協力があってのこと。本当に、本当にありがとう。……だが、最後に一つだけ乗り越えてほしい壁がある。それを越えることができれば、俺たちは————晴れて自由の身だ」
第三段階。この作戦が終わるとき、俺たちはここからおさらばしている。
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