4-7

「さっそくだが、三つほどお願いを頼まれてくれないか?」

「俺にできる事なら」

「一つは信頼できる囚人への声かけだ。脱出する旨を伝えてくれ。全員が脱出するとなれば誘導や指示出しの人間が複数人いないと厳しい。二つは俺の『コピー能力』で、ゼインの『索敵』をコピーさせてくれ。そして三つ目は————」


 ゼインが仲間になった時の会話。

 そう、この時にお願いしたい三つ目こそが『武術の訓練』だった。


「武術の訓練か……大したことは教えられないがそれでいいか?」

「一回手合わせしたんだ。ゼインは強い。それを見込んでの依頼だ」

「分かった。そんな時間もないだろうし、体力面というよりは技術面に注力する。……だが、俺の稽古は厳しいぞ?」

「望むところだ」

「…………もしかしたらセクハラするかもしれないぞ?」

「それはなるべく止めてほしいかな!?」


 まぁ、当の本人はあそこでぶっ倒れているわけだが(不意打ちだから仕方ない)。

 短い期間ではあったが、ゼインのおかげで武術の基礎はあらかた理解することができた。実力的には素人に毛が生えた程度。それでも、素人相手になら引けを取らない。


「く、くそおおおおおおおおおおおお!!」

「すまんな。ちょっくら痛いかもしれないが。まぁ、この間のお返しだと思ってくれ」


 こうしてクレットの撃退に成功した。


「おーい、ゼイン大丈夫かー?」

「う、うう……。イタタタタ。————クレットは!?」

「問題ない。そこに縛ってあるよ」


 ゼインは俺が指差した方を一瞥。そして安堵のため息をついた。

 クレットは白目をむいて倒れている。ちと、やりすぎたかな。


「すまない。何の力にもなれず」

「気にするな。それにあいつを倒せたのもゼインとのトレーニングがあったからだ」

「そう言ってもらえると助かる」

「俺たちは仲間だろ? そんなこと気にするな。ほら、立てるか?」


 手を差し出してゼインを腕を引っ張る。

 さて一息つきたいところだが、時間を稼いでくれているオイラーに申し訳ない。

 ————そんな時だった。


「デンバーさん、クレットさんいますか?」


 開いている扉から、一人の看守が部屋に入ってきたのだ。特別棟に入れる鍵を持っている看守で、残っているのはゴブレットとデンバーだけのはず。……いや、言われてみればそうだ。もし、普通の看守たちが特別棟に用があるときはどうする? 数こそ少ないだろうが予備の鍵があってもおかしくないじゃないか。


「ゼインやるぞ!」


 先手必勝。いや、というよりは先手を取らなければダメだ。基本的にここの看守は攻撃的な能力が多い。不意打ちでもしなければ、二対一でも勝てない。

 まともな戦いに持ち込んだ時点でこちらの負けだ。


「お、お前は!?」


 俺とゼインは部屋に入ってきた看守に迫りかかる。

 そして看守の顔をちゃんと拝むことができた。……だから俺は攻撃するのをやめた。


「ストップ! ゼイン!」

「——っ!? どういうことだ、ケータ!?」


 ゼインからすれば狂気の沙汰。目の前に看守がいるのに攻撃をやめろだなんて。

 普段なら俺だってそう思う。だが、相手が彼なら話はまた変わってくる。


「実はこいつ知り合いなんだ」

「ケータ・ソーダ!! どうしてお前が!!」

「よ、ロッキー・アルコット」


 そう、目の前にいた看守はちょっとした知り合いだった。この間、『信用』と『信頼』の違いについて授業してやった人物。そしてとある賭けをした相手でもある。


「ここで遭遇するのがあんたってのは、やっぱり俺は運がいいな。約束覚えてるよな?」

「そういうことかよ……」


 俺は彼との賭けに勝った。勝利の対価は——俺がおこなう『どんな悪事も一つ見逃す』だ。こうして脱出を企てている現場に遭遇したとしても、その約束は有効であるはず。


「ははは。まさか本当に脱出をするなんて思わなかっただろ?」

「……まぁな、まさかお前がここまでバカだとはな。ここを出てどうするつもりだ。どうせすぐに捕まって殺されるのがオチだろ」

「相変わらず悲観的だねぇ。ま、無事生きて再開したら酒でも酌み交わそうぜ」

「死んでもごめんだね」


 態度こそはまぁツンツンしているが、きちんと約束を守ってくれるようだ。

 俺が見込んだ通りロッキーには芯がある。こんな形で出会わなければもしかしたら……と思ってしまう。決して冗談ではなく一緒に酒を飲んでみたい。


「この表現は不適切かもしれないが……ありがとうな、約束を守ってくれて。たぶん約束を守ってくれるとは思ってたが、いざこうして現実になると普通に有難いよ」

「……うるせー。そんなこと知るかよ」

「相も変わらずブレないねぇ。じゃあ悪いけど、このまま野放しってわけにもいかないからちょっと縛らせてもらうよ」


 この現場に居合わせてしまった以上は仕方がない。

 彼が義理堅いのは重々承知だが、さすがに放置するというリスクは許容できなかった。


「好きにしろ」

「じゃあ、ゼイン頼む。丁重にな」


 ゼインは最初こそ驚いていたが、ロッキーの態度を見て得心がいったようだ。

 特に文句もなく、俺の指示に従ってくれた。


「……あ、ちなみにそいつゲイだからな。縛られた後、何されても知らんぞ」

「ふざけるなああああああああああああああああああ」

「————ケータ。さすがにそれは傷つくぞ」


「ごめん」


 ちょっと悪ふざけが過ぎた。

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