4-4

「よし、まずは第一段階はクリアだな」

「いやー、でもあれですね。自分からするとあれです、まだまだ第一段階っすかとは思っちゃいますけどね……」

「そこはポジティブにいこうぜ」


 とはいえ、オイラーの言うことも一理ある。

 今はようやくスタートラインに立ったと言う感じだ。


「頑張ります……! たぶん、そろそろ消灯時間ですよね?」

「おそらくな。まったく、お互いにここでの暮らしにも慣れちまったな」

「ええ、あんまり嬉しくはないですが」

「……それにしても、やっぱりその姿だとオイラーと話してる気がしないな」

「それは自分も同感ですよ」


 俺たちは互いに撃退した看守の姿に変装している。顔、声、服装のすべてが変化しているので、会話内容でしか判断がつかない。エルシィみたいな美少女だったら、会話するのも変装するのもテンションが上がるんだけどな。


「ま、これも次の段階では必要なことだからなぁ——————おっと、鳴ったな」


 ベルの音がこの監獄内に響き渡る。一息している時間もないみたいだな。


「オイラー。じゃあ、俺は行ってくるぞ」

「承知したっす! なにかトラブルがあれば手筈通りにします!」

「あぁ、よろしく頼む」


 俺は重い腰をあげる。あまりモタモタもしてられないのだ。

 今変装している看守は今日の見回り担当。そいつがいないとなれば、看守たちが騒ぎ出す可能性だってある。それに合流する前にやるべきことが一つある。……だって、俺とオイラーはこの姿で監獄に戻るわけにはいかないだろ?


「おい、ピーター遅いぞ! 何してた!」

「……すまん、ちょっと野暮用でな」


 駆け足で看守棟に向かったおかげでなんとか合流できた。

 見回り担当の看守は全部で五人。その五人で監房の扉の鍵を閉めていく。


「何タメ口きいてやがる!」

「あいた!」


 頭にゲンコツを食らった。しかも、結構強めに……ちくしょう、痛いじゃねえか。


「テメェ、新人の分際で舐めた口きいてんじゃねーぞ!」

「すんません」


 あちゃー、そういえばこの看守は一番の若手だったんだ。完全に忘れてた。

 人生を通して、先輩に敬語を使った経験が少ないことも災いしたな。

 尊敬に値しない人物に対して敬語を使うことに違和感があるのだ。先輩だから、年上だから、立場が強いから、それは敬語を使う理由にならないと思っている。


 しかし、俺が元いた社会ではそういったことにうるさい連中が多かった。やれ、言葉遣いがどうの、年上は敬えだの、俺はそいつらに言いたい。で、お前は何をしたの? ってな。年下、後輩たちに敬語を要求するなら、自分らも年上、先輩としての役割を果たせ。何もしていないくせに、何も残していないくせに、ただただ偉そうにするんじゃない。

 結局、あんたらは時間を浪費しただけだろ?

 ——とまぁ、そんなことはどうでもいいんだったな。


「さっさと、持ち場につけ!」

「あのー、すんません。……自分の持ち場ってどこですか?」


 もう一度殴られた。————今度は頬を全力で。

 殴り返してやろうかと思ったが、深呼吸をして怒りを抑える。

 結果として担当区域を確認できたので、ここは拳をおさめようではないか。……上々だ。調べていた情報と差異はない。これだけは確認しておく必要があった。もしこれが事前に確認していた担当と異なっていたら、オイラーに少し骨を折ってもらうことになっていただろう。

 さて、それじゃあ予定通りの持ち場に向かおうではないか。


「101番! 点呼!」

「はい。ゼイン・ロブナード、戻っております」

「ぷっ! お前、いつも点呼の時そんな感じなのかよ」


 普段のゼインは横柄なので、この真面目で従順な感じが笑えてしまう。

 そう、俺が担当するのはゼインの独房がある区域。この看守に成りすましたのは、相手が新人だったからというだけではないのだ。


「……どうやら、うまくいってるみたいだな。ケータ」

「そりゃ、もちろん。それで、覚悟は決まったか?」

「愚問だな。俺はお前に一生ついていくって決めている」

「——なんかそれ、プロポーズみたいだな」

「ち、違う! …………いや、まぁ、ケータがそう解釈したなら、べ、別にいいが?」

「大の男が頬を赤らめるな! そしてモジモジするな!」


 あの一件以来、ゼインは完全に俺に惚れちまっている。

 ちょっとデリケートな問題なので、今はまだどう接するのが正解わからない。

 ただ、一つ言えるのは俺もゼインという人間に好感は持っている。……だが、それが恋愛的なものなのかはまだ分からない。


「……ま、まぁ、いろんな意味で、俺はお前と一緒にいたいと思っているってことだよ。……本当に『いろんな意味』でな」

「その、『いろんな意味』で……ってのが不穏だがまぁいい。それじゃあ頼むぞ」


 ポケットに入っていた『監房の扉を開け閉めできる鍵』をゼインに向かって放る。

 これが第二段階。

 俺が見回り担当の看守に成りすまし、まずはゼインを監房から解放する。それから鍵と能力を駆使して、ゼインがそれぞれの監房の扉を開いていく。


「気をつけろよ」

「心配するな」


 あとはゼインに任せて、俺は監房を閉めるフリを継続していこう。

 ……ここまでは問題ない。最後に彼らがうまくやっていれば第二段階は完了だ。

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