4-3

 変装能力で気絶させた看守の姿になり、奪い取った制服を身につける。

 ここまで失敗はない。オイラーがうまくいっているのであれば、そろそろこの水浴びに看守を連れてくるはずだが………。


 今回の作戦を実施する上で必要な鍵が二種類ある。

 それは俺が今しがた手に入れた『監房の扉を開け閉めできる鍵』と、オイラーが手に入れるべき『特別看守棟への出入りができる鍵』だ。

 鍵束さえ奪ってしまえば、看守棟に入るための鍵を手に入れることはできる。これはどの看守も共通で持っているもの。しかし、この二種類の鍵は特定の看守しか持っていない。


 『監房の扉を開け閉めできる鍵』はその週の見回り担当者。

 『特別看守棟への出入りができる鍵』はチーフ以上の役職を持った看守。


 この収容所は主に四つのエリアで構成されている。

 石や岩を切り出してできた作業エリア、石で囲まれた監獄エリア、チーフ以下の看守が暮らしている看守棟エリア、そしてゴブレット、デンバー、クレットのようなチーフ以上の看守が利用している特別看守棟エリア。

 今回の作戦において、特別看守棟に侵入することは必要不可欠なことだった。


「……オイラーは大丈夫だろうか」


 約十五分後に作戦を開始するように指示をした。

 時間もそれなりに経っているし、もしかしたら何かのトラブルか?

 オイラーが相手にするのはチーフの看守。看守としての経験も長く、狡猾さや老獪さが身に付きはじめているような相手だ。


 本来であれば、俺がチーフの方を担当する予定だった。しかし、オイラーの強い要望によって今回の役割分担となった。

 部下がやりたいと言うなら、やらせてやるのが上司の役目だ。

 もちろん、なんでもかんでもというわけではないが。そいつならできる、成し遂げられる……そう判断した時にしか任せない。

 だから、俺にできるのはただ待つことだけだ。


「おいおい! エルシットちゃん、どこまで連れて行くつもりなんだ」

「いえ、その……人気がないところに!」


 どうやら杞憂だったみたいだ。オイラーはターゲットをしっかりと連れてきた。


「俺の部屋なら人気もないし、酒だってなんでもあるんだぜ? なんでわざわざこんな薄汚い場所にこなきゃいけないんだよ」

「そ、それは……」

「もしかして何か企んでるのか?」

「そ、そんなことはないです!」

「じゃあ、今からでも俺の部屋に行くぞ!」


 しかし、苦戦を強いられているようだ。いつでも助太刀できる準備をしておく。もちろんギリギリまで手は出さない。だが、任せるというのは完全に放置することではない。

 部下が転んでも大怪我しないように、きちんと見守ることが必要だ。転んで擦りむくくらいなら

構わないが、それが命に関わってくるならさすがに介入する。


「だ、ダメです!」

「やっぱり何か企んでいるんだろう!」

「ち、違うんです……その我慢できなくて……」

「何が!!」

「————実は私、下着つけてないんです」


 エルシィの姿をしたオイラーは顔を真っ赤にしながら、囁くようにそう言った。

 やば……鼻血が……。こんなの反則すぎるだろう(中身は男なのに)!

 だが、俺もオイラーも後でエルシィに土下座は必須だな。


「げへへ、なるほどなぁ。疼いて仕方ないってことかぁ」


 どうやら体を張った甲斐があったようだ。

 あんなことを言われたら、いやでも男の本能が目覚めてしまう。


「きゃっ!」


 看守はエルシィの姿をしたオイラーの尻を掴んだ。


「じゃ、お望み通り……人気がないところにいこうぜ」


 あの看守、絶対に許さんぞ。中身はオイラーとはいえ、エルシィのお尻を触りやがった。あの男は三発ぐらい多く殴ってもいいな。

 ————しかし、よくやったな。オイラー。

 なんとかオイラーは目標のポイントまで看守を連れ出すことができた。


「さぁ! おっぱじめようぜ!」

「ちょっと! い、いやっ!」


 看守は何一つ言うことを聞かず、エルシィの姿をしたオイラーの服を脱がそうとする。

 さて、これ以上の狼藉は許さないぞ。それにしても、男なのにオイラーの反応がいちいち可愛すぎるだろ。


「俺の部下に汚い手で触るんじゃねぇ!」

「ぎゅべっ!」


 看守は情けない声を出して倒れる。


「ケータさん!?」

「ここまでよくやった! こいつは二人で始末しよう!」

「分かりました!」

「おまえらぁぁぁぁ!!」


 思った以上に抵抗するので、当初の予定より手を出してしまった。

 うん、決して私怨はないつもりだ。……まぁ、ちょっとやりすぎたかもしれん。


「……ありがとうございます」

「どうした、そんな暗い顔して」


 看守は泡を吹いて倒れている。作戦は成功したのだ。

 だというのに、オイラーの表情はさえない。


「いえ、結局のところケータさんに助けてもらってしまって……」

「なんだそれで落ち込んでたのか。オイラーはよくやった。何も恥じることもないぜ」

「でも……! ケータさんがいなかったら作戦は失敗してました……!」

「それはちょっと違うぞ。この作戦は二人で挑むことを前提にしているんだ。あのチーフ相手に一人で挑ませるつもりもなかった。立場が逆なら俺だってオイラーに助けてもらう予定だったんだぜ? 別に一人でやることが偉いとかないからな。大事なのは結果を出すことだ。そして、お前は結果を出した。だから、もっと誇れ!」


 一人で全てをこなせる人間なんてごく一部だ。だから、世の中には組織というものがある。適材適所でいい。全てをこなす必要なんてないんだ。


「あ、ありがとうございます!」

「それとオイラー。……お前着替えたらどうだ?」

「着替え……あぁ!」


 オイラーの変装能力はすでに解除されている。

 つまりそこにいるのはワンピースを身につけた成人男子というわけで……。


「あ、ちなみに下着つけてないってマジ?」

「ケータさんはあっち向いててください!!」


 本当にオイラーは反応がいちいち面白いなぁ。

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